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「若尾文子×西郷輝彦」Web 限定インタビュー取材日:2012.07.27
日本映画黄金期から現在まで、常に第一線で活躍を続けてきた女優・若尾文子。
歌手として、俳優として、ますます円熟した魅力を発揮する西郷輝彦。
舞台での共演も多いふたりが、
新たに取り組む作品「明日の幸福」で嫁舅を演じます。
その作品世界について、家族観について、たっぷり語り合いました。
「明日の幸福」では、西郷さんが三世代家族の長、若尾さんがその嫁という配役です。演出は石井ふく子さんですが、稽古を通してお感じになっているところはありますか?
西郷:手の動きひとつで、いわゆる男女の愛と、それから母親の男の子に対する愛情を、ちょっとこう抱いたときの手の表情で演出してらしたのを拝見してね。「ああ、すごいなぁ。普通はそこまで考えないよな」と思いました。きれいなんですよ、とにかく姿が。どういう形になっても。
若尾:石井さんは長い間、日本舞踊をなさっていたから、ご自分でやってみせてくださるんですよね。それがいつも形がよくてね。特に男の方に振付けするときなんか、すごくお上手ですよね。
西郷:振り返って振り返って、ぐるっと回ってフッとなったときにやっぱり手がいいところにいっているっていう…。あれはすごいですよね。気持ちが全部、手に集中しているというか。ああいう感性は、ちょっと男性にはないんじゃないですかね。その割に、ものすごくダイナミックな立ち回りを要求されたりするんですよ。以前「忠臣蔵」で、清水一学と堀部安兵衛が最後に相当長い立ち回りをやるシーンがあったんです。そこはもう普通じゃ面白くないし、ただ雪が降ってるだけじゃなく「凍った池で滑りながらやってくださいって。
若尾:なるほどね。
西郷:松村雄基君とふたりでやったんですけど、滑るしひっくり返るんですよ、ふたりとも。何度も何度もひっくり返る。
若尾:アイデアがすごいですね。
西郷:すごいです。半端じゃないですから、降る雪が。もう息できなくなるぐらいの雪で。きっと、形を作ろうとされてるんじゃなくて、やっぱりそのほうが気持ちが届くということじゃないかと思うんですよね。
若尾:石井さんの演出は、とても細やかですよね。やっぱり女性でなければ気がつかないことをとっても細かく言っていただける。でも絶対にそれを押し付けないで、どうしても上手くいかない場合は他の方法で何回もいろいろ試してくださる。
西郷:石井先生演出の「華々しき一族」という作品でもご一緒しましたよね? 一番最後に僕が尺八を持って階段を上がって行くと、若尾さんは後ろの窓を閉めて正面にフッと戻って、ふと下手のほうを見る。そのままスッとこっちに戻って階段を上って、途中で電気を消して、それで入ってこられるでしょ、上手に。僕はあの動きがすごく好きだった。きれいなんですよ。全てをサッと…いろんなことがあったけれども、きっとまた何でもない日常が明日から始まるんだ、みたいなね。女性のああいう姿はやっぱり全てを物語るんだな、と。いつも袖で見ながら思っていました。
若尾:やっぱり舞台の演出ってそういうものですからね。
西郷:今回の一幕の終わりがそうじゃないですか。
若尾:そうですね。
「明日の幸福」が新派で初演されたのが昭和29年。作品の時代背景も昭和30年頃の設定ですが、当時と現代を比較して思われることなどはありますか?
西郷:まず絶対的に違うのは、この時代はまだ男尊女卑の考え方が基本でしたよね。やっぱりいろんな世界で、政治家は政治家らしく、学校の先生は先生らしく、とかね。そういう人たちがきちっとしてて、中身もあって、という時代ですよね。だから、子どもは先生に逆らえないとかね。そういう絶対的な法則があったわけですよ。それはやっぱり、裏打ちされる経験値みたいなものがあったからなんです。今回、僕が演じる松崎寿一郎という人はまさにそういう男。やってみてすごく気持ちいいですよ、はっきり言って。あんなこと言ってみたいから、家で(笑)。今じゃ絶対あり得ない。父親という存在をあの時代にもう少し戻さないと「お父さん、まずいんじゃない?」とは思いますね。
若尾:大変な違いですよね。何しろ、おじいちゃまの咳払いひとつで家中が大騒ぎするわけですから。私なんかは、まだ父親が一番で、新聞は絶対に先に手をつけちゃいけないとか、そういう生活を知っておりますけど。今はそんなこと言いませんでしょ?そういう点では、大変な違いがあると思いますね。やっぱり男の人が家庭の中心で、その人のリズムに全部合わせて生活してましたから。それが当たり前だと私は思っています。だからって、男性がやたらに威張っていいっていうものじゃないですよ。威張りませんけどもね、でも自分の全ての時間を合わせて生活をした覚えがありますからね。それと今回の場合はね、おばあちゃまが入っているからちょっとややこしいんですよ。自分が決めたことに対して嫁がちょっとでも反対すると面白くない。それでちょっとトラブルが起こるんですよね。人間の集まりってそういうものじゃないですか。
西郷:息子に対する接し方で、おばあちゃんとやり合いますよね。
若尾:やっぱり母親にすればね、息子が自分よりおばあちゃんの言うことを聞くっていうのは、これは面白くありません。そういうことのやりとりがいろいろあるわけで、それは今のような核家族になっても同じことですよね。
西郷:石井先生が細かい演出をされるっていうのは、オヤジはオヤジでそれぞれに対する接し方をやっきり分けて欲しいとおっしゃるわけですよ。孫娘に対する接し方、息子の嫁に対して、自分の妻に対して、それぞれを。
若尾:男性の演出家だと、そこまで細かく気が付かないかもしれませんね。やっぱりそれが女性の…というか石井さんの特徴ですよね、その細かさがね。
おふたりが思い描く理想の夫婦像とか、家族像についてお話しいただけますか?
若尾:私はもう、長い間ひとり者ですから…。
ご主人をとても愛されていらしたじゃないですか。
若尾:私、それだけ十分に尽くしました(笑)。だから、さっきも言ったように、うちの中心は男性であって、その人の居心地のいいように、健康を損なわないように、100%気をつけて…というのは、私は当たり前だと思っていましたからね。それは年代は関係ないでしょうね。それとね、男性がそれに乗っかって威張り腐って…なんていうのでは、それは成立しません。
西郷:やっぱり中身があったんじゃないですか、しっかり。威張るだけじゃバレちゃいますから。
若尾:自分の仕事に精一杯で、奥さんのちょっとしたことをどうのこう言ったりする余裕が時間的にも精神的にもなかったから、ちょうどよかったんじゃないですか。
西郷:うちは父が鹿児島の人間でしたから、「明日の幸福」の家族関係に割と近い環境でしたね。お昼になると、父は黙ってテーブルに座っている。何にもしないです。母が亡くなった後、大変でしたよ。僕は厨房に立ちます、好きだから。それに、もう僕の代限りでいいやと思うし。だからと言って父が弱くなったわけではないと思うので。女房も、肝心なことはやっぱり僕に相談するし、子どもたちも「パパ、可愛いわね」とか何とか言ってても、やっぱりたまにビシッと言うと聞きますよ。しょっちゅう言っちゃだめ。我慢してる。10に7つは我慢してる(笑)。そういうテクニックが必要ですね、今は。でも、「明日の幸福」の家族みたいに三世帯一緒に住んでるって絶対いいですよ。これでひ孫ができるでしょ。そうすると家の中で上の人がどんどん年老いていくのを、小さな頃から自分の目で見て確認していく。で、これは順番なんだということがわかっていく。それはやっぱり人間として最高の教育だと思いますよ。それにね、昔は近所にもうるさいおじさんがいたでしょ?普段は口うるさいんだけど、何かあるとすっ飛んできて助けてくれるような。今それがないからさ。かわいそうって言えばかわいそうですよ。
若尾:うっかり何か言ったら大変ですからね。変な時代ですよね。
最後にひとつ聞かせてください。若さを保つ秘訣、健康面で気をつけていらっしゃることなどは?
若尾:私たちの仕事は、健康が一番ですからね。それは日夜気をつけてます。食べ物でもなんでも。それが結果としてどうにかここまで生きてきた、ということだと思います。健康法は個人個人で違いますから、一概に言えないと思いますけど、私は若い頃から洋食はほとんど食べない生活をしてたんです。それはね、映画時代から。だからそれがなんとなく習慣になって。それから、夕方以降は物を食べません。明くる日、とても辛いものですから。そのくらいですかしら。
西郷:僕はあんまり考えないですね。食べたいときに食べたいものを嫌っていうほど食べる。肉を食べたくなると、死んでも食べたくなるんですよ。なんか周期があるんでしょうけどね、きっと体がちょっと弱っているときとか。血行がよくないときとか。
若尾:必要としているんですよね、体がね。
西郷:だから、そういうときは思いっきり食べますよ、300グラムとか。それで、しばらくずっと食べなかったりね。食べるものだけは、自分が欲しているものを思いっきり食べられるときに食べる。ただ、普段はあんまり食べませんよ。夜は僕もできるだけ食べないようにしてますし。お酒は飲みますけどね。若尾さんは時々、少しお飲みになるでしょ?
若尾:そうですね。ひとりで飲んでも仕方ないから、皆さんと飲む機会があればね。この間みたいにワインをひと口とか。ひとりで飲もうっていう気にはならないですね。
西郷:この間「これから一杯ずつ飲もうかしら」っておっしゃってたじゃないですか。
若尾:でもね、ワインっていうのは、肉があった方がやっぱり美味しいでしょ?(笑)