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京都を拠点に活動する劇団、下鴨車窓の代表作「旅行者」が7年ぶりに上演されます。三重公演を前に、劇作家・演出家の田辺剛にインタビュー。「現代の日本からは時代も場所も遠く離れた世界。」の一文から始まる戯曲は今、私たちにどう響くのでしょうか。

町を追われた三姉妹が故郷を目指して旅する物語「旅行者」。この作品をお書きになった背景を教えてください。

この作品の前に、男性しか出てこない話を書いて上演していました。それで、次は女性メインの話にしたかったのと、当時ちょうどチェーホフを読み直していて。それこそ「三人姉妹」もありますし、「桜の園」は没落貴族が自分の家を去らねばならない話ですし。それと、この戯曲を書く数年前に、韓国慶州のナザレ園を何度か訪ねたことも着想のきっかけになりました。第二次世界大戦中、朝鮮半島出身の男性と結婚し現地に渡った女性たちは反日感情が強かった当時の社会で苦労したり、朝鮮戦争で夫を亡くして身寄りがなくなったり、大変な思いをしたそうです。日本の家族とは縁が切れていたりして、故郷に帰ることもできなかった。ナザレ園は、そんな人たちを保護するため設立された福祉施設です。僕が訪ねたのは20年ほど前ですが、すでに皆さんお年を召していたので、施設の規模もだんだん小さくなっていくのだろうと…。それで、こういう人たちがいたことを記憶に留めておきたいと思ったんです。

物語は、亡くなった父の書き置きを頼りに、三姉妹が叔父を訪ねてくるところから始まります。さらに「自分も姉妹だ」と名乗る別のふたりも現れ、5人の女性が自身の存在証明のために躍起になりますが…。

一緒に過ごした記憶か、あるいは物的証拠か。何によって自分が何者なのかが決められるのか、というところに想像がいくといいなと。当時、法やルールは必ずしも僕たちの味方じゃない、むしろ時には暴力的に押さえつけてくることもあると考えていました。物証を持たない者の主張をルールがどう守るのか、あるいは守れないのか。この戯曲を書いた頃は、そんなことへの興味が強かったと思います。


下鴨車窓「旅行者」(2016)舞台写真 撮影:松本成弘


昨今は、例えばコロナ禍の社会でいつの間にか生まれたルールに人々が翻弄されるようなことも多々あります。2023年の今、この作品を田辺さんご自身はどのように捉えますか?

おっしゃるように、僕たちはこの3年ほどの間ずっと、目に見えないルールのようなものに振り回される経験をしてきました。世界では戦争も起こり、弱い人がさらに追い込まれていく状況は、前回「旅行者」を上演した7年前より顕著になっている気がします。そんな今、この作品がどのように輝くのか、観てくださる方にどう映るのか、とても期待しています。皆さんの反応を知りたいですし、以前観てくださった方にも、ぜひまた観てもらいたいと思っています。僕は若い頃からずっと、時代や社会情勢が変わっても通じるような作品づくりを目指してきたので。

下鴨車窓としては4度目の上演となりますが、演出などで変わるところはありますか?

舞台装置が大きく変わります。これまでは、三姉妹が訪ねてきた叔父の家を抽象度の高い美術で表現していました。今回は“サーカスの楽屋”をコンセプトに、室内空間を具体的に作り込む予定です。それに伴って音響効果も入れるので、これまでの上演とはかなり印象が変わると思います。そして、9人のキャストのうち6人が変わります。やっぱり俳優の力は大きいんです。違う人が演じると、同じ役、同じせりふなのに、異なる人物像が見えてくる。それは演劇ならではだと思います。もちろん映画やテレビドラマでも同じ作品を新しいキャストでリメイクすることは多々ありますが、そこで大きく作用するのは映像的な演出だと思うんです。演劇の場合は、もっと俳優がさらけ出されているというか…。そんな中で同じ人物が違って見えてくることが、とても面白い。同じ作品を違うキャストで上演するのは、演出家としても演劇の楽しみのひとつになっていますね。青年団の俳優もいれば落語家もいるし、庭劇団ペニノに出てたり、いろんなフィールドの人たちが集まっています。この座組で、見たことのない化学反応がうまく起こることを期待しています。


下鴨車窓「旅行者」(2016)舞台写真 撮影:松本成弘


三重県文化会館は2020年の「散乱マリン」以来、3年ぶり。「旅行者」は初めての上演です。

やっとこの作品を持って三重に行けます。下鴨車窓をご存知の方には満を持しての公演になりますし、今回は間口の広い誂えになっていますから、初めてご覧になる方も楽しんでいただけると思います。知らない時代の遠い世界の物語は翻訳ものの演劇を観るような感じかもしれませんが、そこも含めて不思議な世界を体験してもらいたいです。



10/28 SATURDAY
10/29 SUNDAY

下鴨車窓「旅行者」
◎脚本・演出/田辺剛
◎出演/今井美佐穂(第0楽章)、田崎小春(青年団/melomys)、坂井初音、山石未来、富名腰拓哉、森川稔、岡田菜見(下鴨車窓)、大熊ねこ(遊劇体)、三遊亭はらしょう
■会場/三重県文化会館 小ホール
■開演/14:00 
<終演後トークイベント開催>
28日ゲスト…安住恭子(演劇評論家) 
29日ゲスト…はしぐちしん(俳優・劇作家・演出家/コンブリ団)
■料金(税込)/整理番号付自由席 <一般>前売¥2,700 当日¥3,000 
<22歳以下>前売¥1,800 当日¥2,000 
■お問合せ/三重県文化会館 TEL.059-233-1122
※未就学児入場不可
※22歳以下券でご入場の際は年齢を確認できる証明書をご提示ください