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「佐藤しのぶ」web限定インタビュー取材日:2013.03.06
日本が世界に誇るプリマドンナ、佐藤しのぶ。
海外の主要な歌劇場で主役を歌うなどオペラ作品での活躍はもちろん、
古き良き日本の歌を大切に歌い継ぐ活動も長年に渡り続けています。
恒例の母の日コンサートを前に、歌への真摯な思いを語ってくれました。
昨年は、CDリリースもありました。「日本のうた~震える心~」は、古き良き日本の歌を多くの人に聴いてもらうために新しいアプローチを試みられていますね。
私はオペラや外国語の歌をずっと歌ってきましたが、自分が音楽の最初の洗礼を受けたのは母の子守唄だと思うんです。そしてその後、日本の数々の唱歌や叙情歌というもので育ってきました。ドイツリートやイタリアのカンツォーネで育ったわけでもないですよね。だから、自分の音楽の原風景というものに帰ったという感じです。今は、皆さんそれぞれ好きなアーティストがいて、カラオケで歌ったりして楽しんでいますよね。音楽やその楽しみ方が多様化したことは幸せですが、私たちはせっかく同じ国の言葉で話せるのに、世代を越えて一緒に歌える歌がない。その理由のひとつが、学校の教科書から歌が消えたこと。もうひとつはご家庭でお母さんが歌わなくなったこと。例えば「荒城の月」なんていう名曲を、もう子どもたちは知らなくなってしまった。「からたちの花」も「この道」も、きっと知らないでしょう。北原白秋、山田耕作の素晴らしい曲はオリジナルとして私もコンサートで歌いますけれども、例えば「村祭り」がサンバになっていたり「からたちの花」がジャズになっていたり。そういう形で届けた歌に今の人たちがハッと気がつき、言葉の意味を紐解いてみたときに、私たちの国には四季がある、先祖はこうやって春を待っていた、こうやって昔の人は初恋から大人になっていった…そういうことを歌の中から想像して欲しいんですね。そして、次の世代の人にも細くてもいいから残していって欲しいという気持ちがあって、三枝成彰さんと作り始めたんです。
素晴らしいですね。
売れるCDを作るんだったら、もっと違うやり方があったと思います。でもやっぱり、自分の人生で大事なのは、意義があることなんですよね。私が伝えたいのは、その本質にある思いなんです。私も三枝さんも、自分の人生を考えたときに、何が有意義なのか、誰かのために何ができるかな、と考えたんですね。それで形にしていったんです。今も第二弾のCDを作っていて、今年の母の日のコンサートは、その中からまだ誰も聴いていない「朧月夜」や「さくらさくら」「ずいずいずっころばし」「汽車メドレー」「てぃんさぐぬ花」…そういうものを歌わせてもらいます。だから、このコンサートに来て初めて新しい日本の歌をお楽しみいただけると思うんです。
いろいろな人生経験をなさってきた佐藤さんがそうした歌を歌われるということに、非常に意味を感じます。5月には恒例のコンサート「わが母の教え給いし歌」も控えていますね。
皆さんのおかげでこういう公演が19年も続いて、本当に幸せ者だと思っています。種を植えたからにはどんなことがあっても枯らさないで、とにかく芽を出して茎を伸ばして…と思って育ててきました。スポンサーさんもずっと応援してくださっているし、お客様もついてくださって、主催者の方も協力してくださって、本当にみんなで育ててきたひとつの運動なんですね。それにやっぱり、私がもし娘を授からなかったらこのコンサートをしようなんて思っていないでしょうね。芸術一直線で、それこそどこの歌劇場で誰の指揮者とどんな作品を歌う…で終わっていたと思うんですよ。だけど、人間ってこんな風に命を授かって、今、生きている私たちみんなが命を与えられている。聴いてくださる方も、今、お元気だからいらしてくださって、そして一緒に音楽ができる、そこで命を喜び合い、感謝し合える。その思いのコンサートなんですね。だから、いわゆる普通のコンサートと全然違うんです。「お母さん、ありがとう。生きているって素晴らしいよね」ということを、言葉じゃなくて歌を通して伝えたいという思いで19年間作り続けてきました。日本に生まれた私たちの「ふるさと」というのは、第二の両親だと思うんですよ。その先祖への感謝とか敬意というものを歌に託して伝えていくのが当たり前の営みだと、私は思うのね。だから、オペラも歌いますが、これは佐藤しのぶ個人として自分の時間と経験を経て、等身大の私が皆さんにお届けできる歌だと思っています。
昨年は、ソフィア国立歌劇場の来日公演でトスカを演じられて大変話題になりました。
トスカは私も大好きな役で、過去にもたくさんのプロダクションでやっていますけれど、とても難しい役でもあるんですね。と言うのは、テンペラメント(※1)が非常に激しい役なんです。どちらかと言うと東洋人は穏やかな性質ですから。プッチーニは世界中の女性をヒロインにオペラを書いていますが、その中で例えば「蝶々夫人」は日本人でしょ?「トゥーランドット」は中国、「マノン・レスコー」はフランス人。「西部の娘」はアメリカでしょ?そんな風に世界の女性を書いた作曲家って少ないんですよね。そんな中で、イタリアの女性を書いたのが「トスカ」なんですよ。そう考えると、いわゆる一番イタリア的な役なんですね。ですから、そういう意味でトスカはソプラノだったら誰でも歌ってみたい役柄なんですけれども、イタリアの中のイタリアの女性ですから、難しいんですよ。それに、最後に主人公が3人とも死んでしまうオペラというのも少ないと思います。第二幕では、スカルピアを刺し殺してしまうという。そして一番ドラマが高まったときに歌唱がなくなって台詞だけになる…演じるという要素が非常に強くなるので、オペラを上手に歌うだけではダメなんです。上手に歌うだけでも大変なのに、それだけではダメ。ヴェリズモ・オペラ(※2)ですから、演じることに加え、切った血が見えないとお客様が納得してくださらない。そういう作品ですから、とてもやりがいがありますけど難しくもあるんですね。
感情の起伏を表現するために、演じ手本人の人生経験や人間性が問われる役ですね。
そうですね。ただ私の場合は演じるという言葉はあまり適さなくて、その役を生きるんですよ。カッコよく聞こえたらごめんなさいね。でもね、霊媒みたいにその役が宿ってしまって、佐藤しのぶさんはどこかに消えていただかないとちょっと困る。私には、それがオペラなんですよ。そうでないと、あのテンションでドラマを進めていけないんです。
それだけ入り込まれると、舞台が終わってからも役が抜けないということはありませんか?
そうなんです、大変。例えばレストランでナイフとフォークが出てきても、すごい顔で見てたりするんですね。「殺そう」ということに変わる瞬間なんですかね。そういうことを24時間探しているんですよ。私自身は、どちらかというとあまり嫉妬深くない性格なんです。諦めやすいというか、執着しないタイプなんですよ。だから、恋人の一挙手一投足を心配して愛情を求めるという、ああいうしつこさというのが自分の中でとても遠いんですね。あそこまで強く深く主人を愛してないのかもしれない(笑)。いけないんですけど(笑)。でも本当に、「誰がいたの?」という最初のシーンがもの凄く難しいんですよ。あれは愛ゆえに嫉妬になるわけで、嫉妬深い人ではないんです。愛してるからということがお客様に見えないといけない。その辺りがかなり難しいんですけどね。
それは、イタリアの女性の本質なのでしょうか?
もちろん、あれはもう象徴的です。それぐらい愛の深い人、強い人、それがテーマですよね。それゆえに全体像を見ることができないから、スカルピアの罠にはまってしまうわけですよね。でも、それも愛しているからなんです。だから三幕になって、かえってマリオの方がスカルピアが許すはずがないと思っているんですけど、もう彼女は絶対に逃げられると思っているわけです。そこで空砲のはずが、銃声がすると大どんでん返しがあるからドラマがあるわけですよね。ふたりとも疑っていたら別にドラマにならないじゃないですか。信じ切っているからドラマになるわけですよ。ですから、一途さというか、愛に忠実がゆえの不器用さから悲劇が起こる、そういう全ての愛の炎というか、それを出すのが一番大変ですね。
今回は演じ甲斐がありましたか?
ありましたね。演出家とずっと闘っていましたよ。やっぱりプッチーニの書いた音楽と演出が大分違うところがあったりして、大変勉強になりました。闘いましたよ。でも、最終的にはもの凄く気に入ってもらいました。だから、演出家が望んだところじゃない表現で歌ったところが何ヵ所もありますね。「絶対にやりなさい」と言われたけど「ノー」と言ってやらなかったところも3ヵ所ありますし。私は不器用なのでね、それができたらもっと出世したんですけどね(笑)。上司に逆らうんですよ、ホントに。
※1 感情の起伏が激しい気質
※2 1890年代から20世紀初頭にかけてのイタリア・オペラの新傾向。市井の人々の日常生活、残酷な暴力などの描写を多用。音楽的には声楽技巧を廃した直接的な感情表現に重きを置き、重厚なオーケストレーションを駆使する。
5/6 MONDAY・HOLIDAY
佐藤しのぶ わが母の教え給いし歌 2013
チケット発売中
◎出演/佐藤しのぶ(ソプラノ)、森島英子(ピアノ)、
堀正文(N響ソロコンサートマスター)、N響室内管弦楽団
◎曲目/さくらさくら、てぃんさぐぬ花、初恋、わが母の教え給いし歌、
アヴェ・マリア ほか(予定)
■会場/愛知県芸術劇場コンサートホール
■開演/15:00
■料金/Sペア¥16,000(限定200組) S¥9,000 A¥6,000 学生¥3,000
■お問合せ/中京テレビ事業 TEL.052-957-3333(平日9:30〜17:30)
※学生券は往復ハガキで申込みの上抽選