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「水谷八重子」web限定インタビュー
取材日:2012.07.27


水谷八重子が名作「明日の幸福」の名古屋公演を目前に、MEGに再び登場。
今回は、WEB限定のスペシャル・インタビュー。
ここでしか聞けない貴重なエピソードが満載です。


「明日の幸福」では、西郷さんが三世代家族の長、若尾さんがその嫁という配役です。演出は石井ふく子さんですが、稽古を通してお感じになっているところはありますか?

中野實先生が新派のために書いてくださった作品です。名女形の花柳章太郎先生が演じられたおばあちゃん、そして小堀誠先生のおじいちゃん、伊志井寛先生のお父さん、その奥さんがうちの母、そして孫夫婦の夫が花柳武始さん。再演のときから、私がその若い嫁をやらせていただきました。まぁ、当時はおばあちゃんまでやるとは思ってもみませんでしたけど(笑)。今回は、新派という家族を離れて、松崎家のオリジナルの家族が揃いました。いろんな世界の方々と脚本の中でお稽古をしていくうちに、本当の、これ以上の家族は望めないという家族になっていると自負しております。このオリジナルの家族は、もう二度と再びこの同じメンバーで帰ってこないかもしれません。この機会にご覧にならなきゃ損だと思いますよ(笑)。


石井ふく子さんの演出は、いかがですか?

最高ですね。お稽古場は狭いからあんまり私語は話せませんけど、石井先生を中心にして稽古らしい稽古をやっています。和気藹々と。よくワンマンの方がいらっしゃるじゃないですか、演出家の方で。石井先生はそうじゃなくって、みんなを自由に泳がせておきながらだんだん自分の思い通りに芝居を固めていくというような…。誰かが怒鳴られて小さくなっちゃったりとか、そういうことも全然ないですし。石井先生の中にすでにひとつ作品が出来上がっていて、それをいかに今のキャストの人たちに合わせていくか、と思っていらっしゃるみたい。

この作品は、昭和30年代の家族を描いたホームドラマですが、それを今、上演するということについて、どのようにお考えですか?

昭和30年というと、親と一緒に暮らす、嫁をもらったら親のところに連れてくるっていうのは、ごく当たり前の時代でしたよね。ですからおじいちゃんを一番頂点として、三世代の家の中で暮らしているというのはごくごく自然なこと。またそれだけ人がいますから、女中さんがいるのは当たり前だったんですね。女中ふたりと運転手さんがいて…お客様がいらしたときに出てくる女中さんと、裏の仕事ばっかりやる女中さんに分かれていた時代ですから、女中さんもふたりなんです。今は、そういうことも伝わりにくいので、お手伝いさんふたりという設定になってますけれども。それで、やっぱり若い人は、どんなに家が広くても親と一緒じゃ窮屈だろうから、どこか別に一軒家を持ちたいと思っている、という話はちゃんと出てくるんです。でも、一緒に住むことによっていろんなことを教えていただけるので「別に住むなんて考えないでください」と、お嫁さんのお母さんが断わるんですね。自分の娘が女として大切な家庭のことを学べるわけですから、一緒にいられるというのは幸せだという風に受け取っているところがちゃんと出ています。女中さんたちは女中さんたちの世界を持ってますし、今考えるととてもセレブなお家なんですけど、そういう家の中の人間というのが非常によく描かれた作品だと思います。

ところで、水谷さんはシンガーとして歌も歌い続けられていますね。歌うことの醍醐味とはどのようなものですか?

歌というのは、表現方法が非常に限られてきます。その限られた中での表現というのが私にとっては挑戦ですから、ぜひぜひ、やりたいものです。芝居以上に難しいですよ。

例えばどんなところですか?

声のコントロールが必要ですよね。芝居の台詞にはコントロールは必要ないので。お客様にはっきり聞こえればいいわけで。でも、歌はそうはいかない。「この音」というストライクゾーンがひとつしかないですから。そこに向けて全部調整していかなくてはならない。その中で、一小節なり二小節なりの間に自分の感情を全部、注ぎ込んでいかなければならない。しかもコントロールを正しく…そういう難しさがありますよね。それでも表現する、お客様に伝えるということはなんら変わらないわけですから。その制約の中でお伝えするという、その難しさへの挑戦ですね。難しければ難しいほど挑戦しがいがありますね。


水谷さんにとって、歌は今も挑戦を続けているものなんですね。役者業については、いかがでしょう?舞台をひとつ終えたときに満足感や達成感をお感じになりますか?

感じられるときもありますね。というのは、自分ひとりじゃないから。例えば今度の「明日の幸福」ですと、松崎家の6人と使用人…それら全部ひっくるめて、全部の呼吸がひとつになって「やった!」になるわけで。そういうことは、なかなか難しいことじゃないですか。しかも、それと一緒に観てらっしゃるお客様の吸う息、吐く息と一緒になる。それで、同時に「やった!」という感じが両方から沸いてくる。それがやっぱり生の醍醐味。だから、人が増えれば増えるほど難しくなりますよね。歌のショーの場合、バンドという仲間、サポートがいますけども、演じるのは自分ひとりなんですよね。ひとりで何役もやるわけで、相手役はお客様なんですよ。その相手役がわからないわけですよね、ステージに出て行かない限り。いい相手役なのか、怖い相手なのか、知らん顔されるのか…。だから、前の日はホントに眠れませんね。

水谷さんのような舞台のベテランでも、そうですか。

私だからこそだと思います。本当にお客様が相手役ですから、その相手役を逃がすも手に入れるのも全部自分にかかっていると思いますからね。先ほども言いましたが、芝居も歌も、ものを伝えるということではなんら変わるところはないと思います。伝える方法が違うだけでね。