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「角野卓造」web限定インタビュー取材日:2013.08.30
テレビ、映画、舞台の名作、大作で
存在感を発揮し続ける名バイプレイヤー、角野卓造。
この秋、ホームグランドである文学座の新作「くにこ」に出演します。
ホームドラマの名手・向田邦子の人生を舞台化したこの作品で、
演劇の名手が見せる手腕とは…。
「くにこ」は、向田邦子さんと父・敏雄さんの物語だともいえると思います。敏雄という役を演じる角野さんの中で、彼をどんな男性として捉えられていますか?
僕ね、演じることを解説するのが嫌いなんです。演劇は観て感じていただくものであって、役者が百万語尽くして説明してもダメなんですよ。四字熟語で言えちゃうような芝居ってつまらない。それを観て、どんな風に言語化していいかわからないようなものが、一番面白い芝居ですね。この作品で描かれる父親像は、やはり日本の父親ですね。昭和の父親と言ってもいいかもしれない。ちょっとおっかなくて頑固で、でも一番底の底で家族を愛している。家族のためには戦争が起こっても命をかけるような、そういう父親像のある典型だと思うんですよ。だから、向田敏雄さんという人をやるつもりは一切ありません。ある父親の典型という風に見えれば一番うれしい。だから、劇中の“くにこ”が向田邦子さんに近づいていくのではなくて、向田邦子さんから果てしなく遠ざかっていけば一番いいかなと。演劇的には、僕はそれを実現したいと思っています。
向田さんのことは知らなくても楽しめる作品ですね。
そうです。くにこというひとりの女の子が昭和の時代をどう生きて大人になっていったか。ひとりの女性を通して見た昭和史であり、ひとつの家族の物語ですよね。それがたまたま向田さんとダブるだろうというつもりで観ていただければ。向田さんのファンの方は、さらによくわかるだろうし。未だに大ファンという方は結構いらっしゃるし、本があんなに売れているんですからね。女性ファンなんかかなり根強いものがあるし、そういう方たちが興味を示されるだろうと思います。確かに「あそこは違う」と思われるところもあるだろうし、凄く共感されるところもあると思います。これはご覧になる方、一人ひとりの問題です。でも、そういうことが一切なくても何か伝わる芝居にしたいし、それは今回に限らずどの芝居でもそんなつもりでやってきています。
敏雄という父親を介して “昭和の父親”を演じられるのですね。
この作品で書かれているのは、誰が読んでも「昔のおやじって、こうだよね」という父親像だと思います。うちの父親もかなり当てはまるところがあります。男尊女卑でしたからね、あの当時は。男の方が偉い、何ごとも男が先だっていうことがいっぱいあって。神棚にお参りするのもそうだし、お風呂に入るのもそうだし、子どもたちは親の言うことに絶対服従で、言うことを聞かないと手を上げられることぐらい当たり前みたいな時代。でも、それは愛情があるから出来たことだと思うんです。愛情がない暴力との違いは、はっきりわかりますからね。今は非常に悲惨な、家族同士の殺し合いみたいな事件が毎日のように起こっているじゃないですか。それも、かなり老年の親子だったり夫婦だったりね。事情がちょっと違ってきているかもしれません。それと、やっぱり父親も、僕もそうですが、マザコンですよ。女房には強いんだけど、母親には弱い。これはある種の典型ですね。「くにこ」の中にも出てきます。「淫らな母親だ」なんて言いながらも、死んだ途端に泣いて騒ぐっていうね(笑)。一種の典型的な昭和の男かもしれないですね。
角野さんのお父様はどのような方でしたか?
角野の家は広島の呉で海運業をやっていたそうです。父は長男で男はひとり。あとは妹が5人いて。東京に出てきて下宿してた家の近くの医者の娘がうちの母親で、戦争中に結ばれた。戦後は1期だけ呉から県会議員に立ったそうです。二期目に入って落選して、家業の海運業も全部潰してしまった。それで大阪に出て喫茶店をやった後、東京に戻って商事会社を始めるんだけど、ここでもお金を持ち逃げされたりいろんなことがあって潰れちゃって、いい年して金融関係の会社に入る。すると、そこで労働組合を作ったりするんですよ。つまり、なんかそういう血が騒ぐ人だったんでしょうね。もしかしたら僕の中にもそういうDNAが流れているのかもしれない。芝居っていうのはどこかそういう部分がありますからね。でも、いつも一生懸命な人でしたよ。喫茶店をやっているときも、僕が小学校から帰ってくると、店の裏で生のコーヒー豆を焼いて焙煎したりね。よく働いてたなと思いますね。いつしかそれじゃ物足りないというか、事業の意欲がやっぱりあったので商事会社みたいなのを始めたんでしょうけどね。金融関係の会社に入ってからもそれはよく働いていました。
角野さんも常に精力的にお仕事をなさっていますよね。
今はそうでもないですよ。特に演劇はね。芝居はNGが出せませんから。それに代わりがいませんからね。とにかく自分の体を自己責任でしっかりキープしていくのが大事ですよね。「くにこ」は自分が出した企画だということもありますし、こういった旅公演をやることで劇団を維持できるのは誠にありがたいことです。長くてしんどいとかいろんなこと言いますけど(笑)、これがあるおかげで劇団がもっているわけですから、これは絶対にやり遂げなきゃいけない仕事です。「くにこ」に関してはまだオファーがあるみたいですが、やれるところまではやろうと思っています。ただ、少しずつ自分の時間を多くして、隠居生活を楽しみたいなと(笑)。そのためには元気じゃなきゃいけないので、朝、歩いたりいろいろしています。50代の頃よりはるかに健康に対する意識が高まりましたね。旨い酒を飲んで旨い飯を食うためには健康でなきゃいけない。体を壊したらその楽しみがなくなっちゃうから。
角野さんにとって文学座とはどういう場所ですか?
ベースキャンプ。ここから出て行って帰ってくる場所です。座長の杉村春子が自ら出て行くことが好きだったものですから。もちろん、劇団のためにお金を稼ぐという意味での外の仕事も杉村さんはずいぶんなさったと思います。だけど、決して嫌々ではなくて、それがけっこう楽しかったんじゃないかな。森光子さんと共演したいとか、尾上松緑さんと二人芝居をしたいとか…。杉村さんご自身が出撃していくタイプの人でしたね。だから、ほかの役者もどんどんおやりなさいと。僕も言われましたよ。「お兄さん、お兄さん、テレビに出なさい」って。杉村さんに連れられて、TBSの「東芝日曜劇場」に出たりしていましたから。そこである程度成果があれば、また次に声がかかるようなものですよ。それでひとりで行くようになったりして。「あんた、プロデューサーが可愛がってくれるんだから、そうやって一生懸命やりなさい。それをご覧になった方がうちの芝居を観に来てくださるんだから。これは絶対悪いことじゃないのよ」と、しみじみ言われたことがあります。当時はまだ、テレビと演劇は相容れない世界だったんですよ。演劇界には「テレビに出るというのは身を売ってるんだぞ」みたいな神経を持っている人もいたし、テレビ界には「演劇人は演劇だけやってろ!」という空気があった。今は、小劇場の人も人気が出た瞬間にテレビが食いつきますからね。
とても自由な環境だったのですね。
僕が入った頃の文学座は、けっこう開かれた劇団だという印象がありました。だから、とてもありがたいところでしたね。役者が強いんですよ、演出家を全然信用してない(笑)。演出家の言うことを聞かない劇団。それは役者が座長だったからですね。ほかの新劇の劇団は演出家がリーダーですから。文学座は、役者が自由にのびのびとしているという感じはすごくありましたね。まさかここに入って、つかこうへいの芝居をやるとは思わなかったですから。10年ぐらいは丁稚みたいな役で我慢してないといけないと思っていたら、劇団に入って3年目ぐらいで「熱海殺人事件」を文学座アトリエで初演したりね。その後、日本の創作劇もずいぶん上演出来て、やはりそれは僕にとってはとても大きな財産ですね。シェークスピアやチェーホフをやるっていうのも大事だけれども、今の日本を映す芝居を若い時期にたくさん出来たというのが僕の原点。アトリエって普段は稽古場なんだけど、そこで芝居を作ってお客様に見せるというのは、まさしく小劇場。まさか文学座に入ってそういう仕事ができるとは思っていませんでした。そこで培ったものは僕にとっては凄い財産。そこから出て行って外でいろんな人に会って何をし、またここに帰ってきて。演出家もそうです。今うちにいる若い演出家も、みんな外に出て行っていろんな人と仕事をして、帰ってきてまたうちの座員と仕事をしている。これは絶対に勉強になることだと思う。開かれた劇団というのが一番いい形だと思いますね。一見、無節操というか、何を目指しているのか分からない烏合の衆のようにみえるかもしれないけれども、演劇というのはやっぱりそういうところから出てくる人間的エネルギーを観ていただくものであって、スローガンを観ていただくものじゃないのでね。
11/1 FRIDAY・11/2 SATURDAY
文学座「くにこ」
チケット発売中
◎作/中島敦彦
◎演出/鵜山 仁
◎出演/角野卓造、関 輝雄、塩田朋子、山本郁子、栗田桃子
■会場/可児市文化創造センターala 小劇場
■開演/11月1日(金)18:30 11月2日(土)14:00
■料金/全席指定 一般¥3,000 18歳以下¥1,500
■お問合せ/可児市文化創造センターala TEL.0574-60-3050
※未就学児入場不可