HOME > Web 限定インタビュー > 「本坊由華子」インタビュー

世界劇団が「零れ落ちて、朝」の再演ツアーで三重県文化会館に初登場。医師の戦争犯罪である「生体解剖実験」に焦点を当て戦後日本の闇に切り込む本作は、2023年の初演以来、国内5都市で上演され、早くもマスターピースとなっています。俳優たちの巧みな身体表現、シンプルかつ荘厳な美術、演劇と親和性の高いオリジナル音楽と劇作の関係…。強い吸引力を持つ舞台芸術の創作について、本坊由華子のインタビューで探ります。

どのようなことに着想を得て、この作品を作られたのですか?

作品を書くにあたって、第1稿から44稿まで試行錯誤を重ねました。権力を持ち社会的に高い立場にいる人が老いさらばえて壊れていく様子を描こうとしたのが、構想の初期段階です。これまで私は、自分の父親のことをいろいろな作品で描き続けてきました。外科医の父はバリバリ働いて周囲にも評価され、病院長として権威の頂点にいた人です。でも病気になり、思うように動けなくなってしまった。そんな姿を見て、名誉や栄光を勝ち取ったはずの人間が退廃していくことに興味を持つようになりました。そこに、軍人をモチーフにしたグリム童話「青髭」が重なったんです。軍人と医者は似ているなと思って。そこから医者と戦争について調べていくうちに、戦争末期の生体解剖実験と日本の戦後史に辿り着きました。

軍人と医師の共通点とは?

外科医は人を救うために、軍人は戦争に勝つために、人を切って血を浴びることが社会的に許されていますよね。倫理的な感覚が狂ってしまうような立場にある存在として、両者は似ていると思います。


世界劇団「零れ落ちて、朝」舞台写真(2023)(撮影:田所正臣)


作品の冒頭で展開されるキャスト3人の身体表現は、解剖されていく人体、あるいは善と悪が表裏一体であることを表しているようにも見えます。

受け取り方は、観客の皆さんそれぞれに委ねたいですね。私たちは、抽象表現としての美しさを追求しています。相手の体と接触することで自分の体が動いたり逆に相手に力を及ぼしたりしながら、流れにまかせて体を動かしていく「コンタクト・インプロビゼーション」というダンスの技法がベースです。1分間ほどのシーンですが、2023年の初演時には稽古を撮影した映像を何十回も見直しながら、綿密に作り込みました。今回も、過去の映像をみんなで見てゼロから作り直したんです。稽古時間が少ないのに、ここに力を入れるのも面白いなと思いながら。

今回の再演ツアーは広島からスタートしました。

広島の人たちは、やはり戦争に対する解像度が高いですよね。以前、ほかの地域で上演したときには、戦争を題材にした作品だと捉えずパフォーマンスとして楽しんだという方も多くいらっしゃいました。でも広島は戦争と地続きの街ですから、よりセンセーショナルに受け取っていただけたようです。「広島のために書いたの?」という感想をいただいたりして、新しい発見がありました。2023年の初演時にかなり手応えを感じ、とても強度の高い作品になるという予感があったんです。カンパニーのメンバーからも、再演したいという声が初日の幕が開いた後すぐに出たほどです。今後も定期的に上演していきたいマスターピースだと思っています。

再演にあたり変えたことはありますか?

これまで、会場に合わせて脚本や演出を少しずつ変えながら上演してきました。今回は、三重公演で新しい美術を取り入れます。三重県文化会館小ホールは、これまで回ってきた劇場の中で一番大きいんですよ。美術家の杉山至さんに舞台の図面を送って、天井の高さ、舞台空間の広さを生かしたプランを考えていただきました。メインとなる四畳半のスペースを二段にした三重だけのスペシャル版です。

医師の夫が秘密の作業をする部屋を表す空間ですね。実際に四畳半というサイズなのですか?

はい。天井も同じサイズで、立方体の茶室のような空間です。「小宇宙」を美術コンセプトとして、小さい空間に大きな世界が広がっていることを表しています。この作品にはリピーターが多いのですが、これまで何度も観てくださった方も三重公演では初めての舞台美術を楽しんでいただけます。


世界劇団「零れ落ちて、朝」舞台写真(2023)(撮影:田所正臣)


シタール奏者のムー・テンジンさんによる音楽も印象的ですね。

いつもプロットの段階で曲を作っていただいて、それに合わせて台詞とシーンを組んでいきます。ムーさんと出会った2020年頃から、このスタイルです。音楽に関しては、その曲が誰の目線の音なのかをよく擦り合わせます。「零れ落ちて、朝」ではオープニングの楽曲をエンディングでも使いますが、それぞれで視点が違うんですよ。同じメロディではあるけれど、最後は海の上を飛ぶカモメから見た音になっています。「だとしたら台詞はこうなる」みたいに、音楽家に言われるがままに書いています(笑)。曲に書かされる感覚ですね。そういうやりとりができるのが自分の強みだし、音楽も美術もこれほどのクリエイターたちと深く話し合って作品づくりができることを、心から幸せだと感じています。

ムーさんの音楽の魅力は、どんなところにありますか?

楽譜化される西洋音楽に対し、楽譜化できず口頭で伝承されるのが民族音楽なんだそうです。ムーさんの音楽は楽譜化できないものから派生しているので、非常に演劇向きです。例えば楽譜化できる音楽の場合、テンポや尺が全て決まっているので、シーンの境目などもそれに合わせることになる。でもムーさんの音楽の場合、境目がグラデーションになるんですね。毎回かかる音楽は同じだけれど、俳優が喋り出したり感情を切り替えたりするタイミングに即興性が担保されるんです。そこが素晴らしいと思っています。


世界劇団「零れ落ちて、朝」舞台写真(2023)(撮影:田所正臣)


世界劇団の三重県文化会館での公演は初めてですが、三重は本坊さんにとって縁が深い土地ですね。

学生時代から津あけぼの座とご縁があって。何度か上演させていただきましたし、2023年からはプログラムディレクターという肩書で、ダンス作品の公演なども手掛けています。私は20代の頃に三重で上演の機会をいただいたことでいろいろな人と交流し、三重県文化会館ともつながることができました。これから若い世代にも、そういう機会を提供していけたらと思っています。

◎Interview & Text /稲葉敦子



4/12 SATURDAY 4/13 SUNDAY
Mゲキセレクション
世界劇団「零れ落ちて、朝」

【チケット発売中】
◎脚本・演出/本坊由華子 
◎出演/小林冴季子(舞台芸術制作室 無色透明)、本田 椋(MICHInoX)、本坊由華子(世界劇団)
■会場/三重県文化会館 小ホール
■開演/4月12日(土)13:00/19:00※、4月13日(日)13:00※
※アフタートークあり
12日19:00ゲスト:鳴海康平氏(第七劇場代表・演出家)
13日13:00ゲスト:安住恭子氏(演劇評論家)
■料金(税込)/整理番号付自由席
一般 前売¥3,000 当日¥3,500
22歳以下 前売¥2,000 当日¥2,500
18歳以下¥1,000(各回5枚限定)
■お問合せ/三重県文化会館チケットカウンター TEL. 059-233-1122
※未就学児入場不可