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「村治佳織」スペシャルインタビュー
取材日:2012.12.17

現代を代表するギタリスト、村治佳織。
3月には、自身の旅の軌跡を音楽で綴るソロリサイタルで名古屋に登場します。
過去2度にわたり、チャーミングな素顔をMEG紙上で見せてくれた彼女。
創刊3年目となる’13年の幕開けに、
遂にカバーアーティストとしてロングインタビューが実現しました。
ますます自由にしなやかに活躍の場を広げている今の思いを語ってくれています。

テレビ、ラジオ、演劇。
ますます軽やかにジャンルの壁を超えて。

昨年は、音楽シーン以外でのご活躍も目立ちました。

そうですね。3月に塩谷哲さんとのデュオ・コンサートを行って、さらに4月からはもの凄く環境が変わりました。こんなに新しいことがいろいろ重なる1ヶ月もなかなかなかったですね。NHKのフランス語講座の放送が始まったり、新しいラジオのお話をいただいたり。5月にシアターコクーンで上演された「シダの群れ 純情巡礼編」の舞台稽古も4月でした。



演劇の舞台に立って、ギターを生演奏されたんですよね。

そうです。「ギターの女」という設定で、セリフこそ言わないものの物語の中に存在しているという、不思議な存在でした。最初に印象的に登場して、一番最後も演奏で終わるんです。1分半ぐらいずっと舞台の真ん中で演奏させていただいて。風間杜夫さんなど、出演者の方も舞台袖にいらして聴いてくださっていたり。お互いに刺激し合うというのもありましたね。公演中は、終わってからの食事会がほぼ毎日ありまして。観に来てくださったゲストの方も食事会に参加なさっていたので、古田新太さん、松尾スズキさん、小泉今日子さんなど、普段なかなかお会いできない方ともお話できて刺激的でしたね。

とても充実して濃密な時間を過ごされたのですね。

7月末にはアフリカのタンザニアにも行きました。これはテレビ番組の企画で、自分で行きたい場所と目的を決められたんです。以前からいろんな大陸を制覇したいなと思っていましたし、まだアフリカに行ったことがなかったので、人類の起源とされている地を見ておきたいなと。その後、ヨーロッパに行って、パリ、マドリード、ロンドンを2週間のあいだに行ったり来たりしていました。その旅をテーマにしたのが、3月のソロリサイタルです。「traveller 3都市巡り」と題して、楽しかった旅のオマージュを2時間で表現できたら嬉しいなと思っています。


 
ヨーロッパ3都市を巡った旅の記憶をギターで綴る。


プログラムはまさに「フランス」「スペイン」「イギリス」各国の作曲家の作品で構成されていますね。モンポウやロドリーゴの楽曲を集めたスペイン編に「スペインの光と影」と名づけられたのは?

モンポウの作品は影の部類に入ると思うんです。一般的に私たちがスペインと聞いて想像するのが明るい太陽やカラッとした空気感ですよね。でも、モンポウが生まれ育ったコンポステラという町は、空気が凄くしっとりしているんです。私がそれまで抱いていたスペインのイメージは、ある一部だったんだなと思わせられましたよね。モンポウは、教会の鐘などをつくる職人の家に生まれたんですって。小さな頃から鐘の響きを聴きながら育ったみたいですね。ロドリーゴやグラナドスの作品は、「光と影」がそのまま当てはまるような感じで、パッと音が明るくなる部分と一瞬にして影になる部分があります。ロドリーゴの作品には、不協和音という音が連なっている和音がたくさん使われていて、そういう音によって非常によく見る光と影のコントラストがうまく表現されていると思います。今回、演奏する「祈りと踊り」という曲は中学生ぐらいのときから慣れ親しんできましたが、この曲には光と影をとても感じますね。影という黒い色の世界には、よく見えないけどいろいろなものが蠢いているという感じがするじゃないですか。そういう世界観が凄くよく表現されていると思います。

イギリスの楽曲は、レノン&マッカートニーの作品をラインナップされていますね。

ビートルズは、アルバムでも毎作少しずつレパートリーを増やしているんですよ。この間「007」シリーズの最新作を観たんですが世代交代が焦点になっていて、非常にイギリスの「伝統と革新」を表すものだなと思いましたね。ジェームズ・ボンドのシリーズ自体がそうじゃないですか。50年も続いてきて、またさらにこれから続いていく何かを予感させるし。イギリス人の底力を見たっていう気がしますよね。

作曲家が実際にそこで生活し、作品を生んだ土地に出かけてのリアルな体験というのは、演奏家にとって大きなことですか?

そうですね。今でも「珠響(たまゆら)」などで和の方とご一緒すると、ある意味うらやましさを感じます。当たり前のように日本に生まれてきて、その土地に根付く音楽を自然とやってきた方の強みというものがあるんですよね。私が今やっている音楽のルーツは遠く離れたところにあるけれども、スピリットは自分なりに努力して身につけてきました。顔はアジア人ですけどね(笑)。

大切なのは、何でもないときに
どんな気持ちで生きているか。


昨年、MEGにご登場いただいたのは、急病による二度目の休養から復帰なさって間もなくでした。もう完全に復調なさってフルに1年間活動された今、お感じになっていることは?

心の準備ができていなかったり、その前にゆらゆらしている精神状態であったら、もし私と同じ事が起きると、人によっては絶望的になると思うんですよね。でも、私がそうならなかったのはなぜだろうと思うと、どこかで覚悟ができていたから。やっぱり「何か起こったときに変えよう」じゃ遅いんですよね。何でもないときにどんな気持ちで生きているのが大事。それを今回、改めて思いました。一度目のときに、そういう気持ちで前向きに感受できていたからこそ、「また同じことをすればいいんだ」と、本当に即座に思えました。逆にお医者さんに「今度はそこまで安心してはいけませんよ」と言われたぐらいだったんです。私はもちろん、安心とかではなくて…奇跡は起きませんから、それを期待するのではなく、しっかりと治療をしていきたいという気持ちでいたんですけど。だから、何でもないときが大事ですね。以前は、練習もコンサートのためだと思っていましたが、今はコンサートの時間と練習の時間はどちらも大事だと思って、すべてをフラットにしています。練習で本番のように集中していることもあるし、逆に本番であってもリラックスしているときもあるし。いいことも悪いこともあるけど、究極的には同じじゃないかなと思うようになりましたね(笑)。だからといって、何が起こっても怖くないと自信をつけすぎてもいけませんし。一日一日、心の中庸というバランスを取りながら生きていくのが楽しいなと思っています。そういうときにギターという楽器はふさわしい楽器ですね。ひとりで弾くことが多いですから。ギターでよかったなと思います。練習しているときは言葉のない世界が生まれるので、神聖な感じもあるんです。