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「満島ひかり」スペシャルインタビュー取材日:2016.10.17
音楽ユニット「Folder」で活躍した満島ひかりは、
その後も映画、テレビドラマ、舞台と縦横無尽の活躍を見せています。
そんな彼女が今回チャレンジするのはチェーホフの傑作「かもめ」。
翻訳劇の演出に定評がある新鋭の演出家・熊林弘高のもと、
普通の人々の報われない恋を描いた、
人間の日常や体温を感じるような演技を目指して奮闘します。
インタビューは「かもめ」やチェーホフについてから、
ご自身の演技に対する考え方にまで及びました。
満島さんにとって初めてのチェーホフ作品。いかがですか?
私は今までチェーホフを、ただ“名作”として、シェイクスピアと同じようにとらえていたけれど、やってみたら全然違いました。チェーホフがすごいのは、どうやっても“神様事”にならないところ。私が生まれた南の国には巫女的な考え方があり、「浄化するためにこれをやっている」「今、この言葉を言う時期だった」といったことを考えますし、シェイクスピアの世界もほとんどが神事。でもチェーホフは人間のお話で、何をやっても、ご飯を食べることや寝ることや歩くこと、お手洗いに行くことがつきまとうんです。常に消化不良のような感覚があって難しいけれど、お芝居に対する固定概念を思いっきり脱ぎ捨てることができます。
お稽古も終盤に差し掛かっていますが、今、どのようなトライをしていますか?
一つの言葉の裏にある様々な記憶や気持ち、その複雑性を、どう見せるかというトライをしています。一つ言葉を放つだけでも、そこから沢山の情景が見えるようになればいいなと。私が演じるニーナと、坂口健太郎くん演じるトレープレフが、会ってなかった2年間の歳月を確かめながら近づき、言葉を発する場面があるのですが、先日、熊さん(演出の熊林弘高)が「その台詞を出すまでに時間がかかってもかまいません」とおっしゃったので「じゃあ2年かかってもいいですか?」って(笑)。そうやって間(ま)や空間を感じることを、今は試みています。
今おっしゃったのは、1〜3幕で女優志望の少女だったニーナが、夢を叶えると同時に生活に疲れ果てた姿となってトレープレフと再会する4幕ですね。
演劇の白眉と言われている場面だそうですが、実はその前までの場面を演じるのが楽しくて、4幕は疲れそうだからやりたくないな、などと思っていたんです(笑)。でもいざやってみると、ニーナが少女に戻ったり老婆のようになったり、くじけそうになったり、でも自分を奮い立たせて立ち上がろうとしたり…と、人間が誰もが自分の中に持つ色々な面が、ぽんぽんと飛び出してくるのが分かってきて。小さな自分が100人いるとして、100番目の自分から1番目の自分に急に飛んでしまって「あれ?」となるんです。あるいは、温かいはずの場所なのに寒いとか、触れたいけど触れられないとか、触れたけれど触れた気がしないとか、触れているんだけど思っていたよりも何も感じないとか、そういう何通りもの感情がそこにあります。
4幕でニーナが言う「わたしはかもめ」の台詞は有名ですよね。撃ち落とされて剥製になったかもめとニーナのイメージが重ねられています。
「私はこう」と宣言した時、それが本当に今宣言しているのか、未来の自分を思い描いて、まるで今そうであるように宣言しているのか、かつての自分の希望の中から言葉を放っているのか、といったチョイスがあります。かもめは、熊さんの演出では、剥製ではなく紙なんですよ。紙には原稿用紙や台本など様々な意味があると思いますが、それがトレープレフからニーナ、ニーナからトリゴーリンに渡り、トリゴーリンとニーナが足で踏みつけて、それをまたトレープレフが拾う…。稽古が進めば進むほど、みんなと紙との距離感が近くなり、1枚の紙切れなのに、ものすごく残酷にも愛情深くも見えて、面白いです。
100人の小さな自分とおっしゃいましたが、それだけのニーナが生まれるために心がけることは何でしょうか?
自分の中にニーナやチェーホフと近い部分をみつけて繋げておいて、いつでもぱっと飛べるような状態にしておきたいです。ニーナと私が近いのは、色々なものを感じ過ぎたり見過ぎたりしてしまうところ。チェーホフとは、偉そうに聞こえてしまうかもしれないけれど、皆が褒めているものを良いと思えなかったり、真理や本物に興味があったりするところが通じる気がします。それと難しいのは、女優への憧れと女優になってからの厳しさ。当時のロシアでは、女優やピアニストなど芸術にしか女が個として生きる道はなかったので、今の時代が考える女優像とは少し違う気がします。4幕での姿は、島国の日本で何となく有名になっている今の自分と重なるところもあります。熊さんが教えてくれた誰かの言葉「文字は人を殺し、霊は人を生かす」を心に羽のように軽く幻の瞬間をめげずに続けられたらと思います。私も媚を売ることが嫌ですが、チェーホフさんの媚の売らなさ加減はすごい。お医者さんだったから、人をよく見ていたのでしょうね。
なるほど。そんなチェーホフが描いた人間模様を、皆さんがどうかたちになさるのか、愛知で楽しみにしています。
いつの時代も、女は男への甘え方がへたくそで、男は女の愛し方を知らないんだなあと、強く感じられる世界です。それが端から見ると、もどかしかったり、可笑しかったり。今に通じるものがありますし、熊さんの演出もかなり現代的なものになっています。個人的には、私は愛知公演だけ、一つ年を取ってから演じるんです。新しい自分の始まりなので、特別なものになりそうです。
◎Interview&Text/高橋彩子
12/2 FRIDAY〜4 SUNDAY
かもめ
チケット発売中
■会場/穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
■開演/12月2日(金)18:30 12月3日(土)、4日(日)13:00
■料金(税込)/S¥8,000 A¥6,000 B¥4,000 ほか
■お問い合わせ/プラットチケットセンター TEL.0532-39-3090