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「小林沙羅」スペシャルインタビュー取材日:2021.12.10
人気と実力を併せ持つ小林沙羅が、満を持して挑む不朽の名作『夕鶴』。
雪の降り積もった、古き良き日本の原風景の中で繰り広げられる
「鶴の恩 返し」の物語は、
一幕最初に小林沙羅が演じる“つう”が、
黒いドレスを着て登場するシーンから、観る者に大きな衝撃を与える。
期待が大きく注目度が高かった作品だけに、
東京公演後の反響には様々な意見が入り混じっていた。
坂東玉三郎の演じる『夕鶴』に憧れてきた小林にとって、
この座組による『夕鶴』とは一体何だったのか。
1月30日(日)に愛知県刈谷市での公演を控えた、現在の思いを伺った。
先日開催された姫路での、池辺晋一郎作曲「千姫」の世界初演を拝見しましたが、素晴らしかったです。運命に翻弄されながらも波乱の人生を力強く生きて行く千姫を、確かな技術に加え、溢れんばかりの品と華を持って演じられました。
ありがとうございます。池辺先生からは作曲に取り掛かる前から、「あなたに歌って欲しいんだ」と言われていたので楽しみにしていました。本番前の1ヶ月は両親に子供を預け、姫路に滞在し、千姫と向き合って過ごしました。期待通り素晴らしい作品で、多くの皆さまに喜んで頂けて本当に嬉しかったです。
小林沙羅さんは、邦人作曲家による創作オペラを、これまでも沢山歌ってこられましたが、『夕鶴』は初めてだったのですね。原作の「鶴の恩返し」は、あまりにも有名で、オペラとしても上演回数は最多を誇る日本を代表する作品です。
中学生の時に坂東玉三郎さんが演じるお芝居の『夕鶴』を見て、いつかはやりたいと思っていましたが、今回、念願がかなって全曲をやらせて頂くことになりました。
新演出で意欲的な取り組みが毎回話題となる「全国共同制作オペラ」として『夕鶴』は、10月末に東京公演が終了し、この後1月30日(日)に愛知県刈谷市で予定されています。東京公演の反響は凄まじかったようですね。
はい、凄いです(笑)。普段は、「良かったよ!」「素敵だったよ!」と肯定的なお褒めの言葉をいただくことが多いのですが、今回は辛辣な感想も多かったですね。「あんなのは夕鶴では無い!」という声がある一方で、女性を中心に「今回の演出は腑に落ちた!」と言われる方もありました。それは、従来の『夕鶴』で描かれる女性像が古臭く、どうにも嫌だったという類のものです。賛否両論が巻き起こるのは、予想通りでした(笑)。
今回の『夕鶴』は、時代や人物の設定など、前提となる多くの事柄が変わっていて驚きました。ある意味、『夕鶴』のイメージを意図的に壊すところから始められたようにも感じました。
『夕鶴』はこれまで何度も、錚々たる先輩方によって上演されています。私も色々なプロダクションの『夕鶴』を拝見してきましたが、美しく白い世界観と日本の原風景、純朴な与ひょう、子どもたちとの時間、そしてどこまでも献身的なつう、といったイメージは共通のモノでした。今回の演出家・岡田利規さんは、『夕鶴』を通してやりたい事が明確でした。最初の出会いから、既成のイメージを打ち崩していきますと仰っていたので、きっと違うものになるだろうと思っていましたが、私もとても驚きました。ワークショップを設けて、関係者が何日にも渡って話し合っていく手法は、これまで経験したことがありませんでしたが、喧々諤々あった後、コレでやって行こう!とチームワークは深まりました。
岡田さんは演劇の世界で大変なご活躍ですが、團伊玖磨作曲、邦人オペラの金字塔とも言える『夕鶴』に対しての考え方をどうお感じになりましたか?。
作品に対するリスペクトはもちろんお持ちになりながら、何が重要なのかの視点が違うのだと思います。團先生の音楽には、一切手を入れないというのが岡田さんのリスペクトの証です。そして同時に、作品の本質以外はどうでもいいとお考えになったんだと思います。
この作品の本質とは何でしょうか?
純朴な与ひょうが、周囲の影響で「もっとお金が欲しい!」と云う風に変わってゆくのを、「お金がそんなに好きなの?」「そんなに大事なの?」とつうは訴え続けます。「お金を軸に回っている資本主義の中で、本当に大事なものは何ですか?」を問いただすことが作品のテーマだと私は思っています。ある時、「つうは与ひょうを、本当に愛していたのでしょうか?」という私の質問に対して岡田さんは、「それは僕にとってどうでもいいことなんです。」と仰ったのです。「どうでも良いことなんだ…。」そこでハッと気付きました。自分の持っている『夕鶴』像はいったん横に置いて、新しい作品を一から作り上げよう!私自身が捉われていたイメージを取り払おう!そこから新しい『夕鶴』作りに邁進出来たと思います。
オペラを見ているはずなのに、何か他人ごとではない気持ちになったのは、間違ってなかったのですね。最後小林さんがドアを蹴って出て行かれる瞬間、息を呑みました(笑)。
「与ひょう、あなたはどうなの?」と突き付けていて、最後には、「やっぱりダメね!約束も破るし!」と愛想を尽かし、ドアを蹴って出て行く強い女性が描かれています。女性からの人気は高いですよ(笑)。ぜひご覧ください!
小林さんはこの後、どんな音楽家になっていこうとお考えですか?
ウィーンとローマに留学し、ウィーンではオペレッタやドイツリート、オラトリオを、ローマではイタリアオペラを勉強しました。また10歳から坂東玉三郎さんの「東京コンセルヴァトリー」で、日本舞踊を習いました。全てが生かされている今の環境は、とても恵まれていると思います。ドイツ語、イタリア語は留学先でも学び、基本になる言語ですが、他に英語やフランス語、スペイン語、ロシア語はもちろん、チェコ語、ポーランド語も勉強しています。音楽をやっていく上で、言語に縛られることなく表現できる人間でありたいですね。オペラも歌曲も色々な事に挑戦し、どれも広く深く出来る歌い手でいたいと思っています。
プライベートでは二人のお子さんの母親です。
周囲の人に助けていただきながら、何とかやっています。一人では到底出来ません。今はオペラ作りに集中。今は子供との時間に集中といった具合に、その時々、色々な事に集中して一つずつこなしています。出産で歌を諦めたくなかったですし、歌うために母親になる事を諦めたくもなかった。自分で選んだ道なので大変ですが、胸を張って生き方を見せられる人間になりたいと思っています。母親になったことで価値観や表現の幅は随分変わりました。大変ですがしっかりやって行きたいです。いつか、オーソドックスな『夕鶴』もやってみたいと思っています。
◎Interview&Text/磯島浩彰
◎Photo/安田慎一(STUDIO SHIN)
1/30 SUNDAY
「團伊玖磨/歌劇『夕鶴』(新演出)」
全1幕(日本語上演 英語字幕付き)
■会場/刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
■開演/14:00
■料金(税込)/S¥8,800 A¥6,800 U25¥2,500
■お問合せ/刈谷市総合文化センター TEL.0566-21-7430
※未就学児入場不可 ※U25はS席およびA席の中から座席選択可
※前方A席は一部ステージが見えづらいお席となります。予めご了承ください