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「愛知4オーケストラ」スペシャルインタビュー取材日:2024.03.27
愛知県には4つのプロオーケストラがある。
名古屋フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、中部フィルハーモニー交響楽団、愛知室内オーケストラ。
それぞれ異なる歴史や背景をもちながら、オーケストラの楽しさ、クラシック音楽の魅力を伝えて根付かせたい、という思いは共通する。
そして、全国的な評価も高い4楽団が、この春から愛知県芸術劇場を定期演奏会の本拠地とすることになった。
そこで今回は、各楽団の音楽監督たちが集い、音楽のよろこびを伝える同志として親密な雰囲気の中で新たな活動への意気込みを語ってもらった。
※中部フィル芸術監督の秋山和慶は座談会欠席
山下一史×角田鋼亮×川瀬賢太郎
それぞれのオーケストラとのつながりを振り返ってください。
角田:僕は名古屋生まれ、名古屋育ちです。生まれた直後に一度離れましたが、小学三年生に戻ってから東海高校卒業まで名古屋です。セントラル愛知響を初めて指揮したのは2005年、25歳のときです。いい関係ができて、その後留学するときにも温かく送り出してくださり、帰国後に再共演してからは2015年「指揮者」、2019年「常任指揮者」、そして今春から「音楽監督」とポストをいただき、長い付き合いになっています。
川瀬:名フィルは2008年、大曲のリハーサルの依頼が最初でした。何回か断ったのに諦めてくれず(笑)、結局お受けして、そこでうまくいったのがその後につながりました。自分の出演機会もできて、「指揮者」のポストを頂いたのが2011年、昨年から「音楽監督」に就任しました。
山下:僕はお二人ほど長い関係ではなく、愛知室内の歴史は20年以上ありますが、近年体制を整えるにあたり「音楽監督」就任のお話が来て、初めて振ったのが2022年の監督就任の1年前です。
皆さんのオーケストラの本拠地、名古屋という街の印象はどのようなものですか?
角田:名古屋は一点豪華主義と言われるようですが、それは一生ものの宝物を見つけるためのものだと思っています。そういう意味で、私たちの音楽そのものが長いお付き合いになっていただけるように活動できればと思っています。
川瀬:僕の名古屋の印象は、プラスアルファが好きというか、アレンジして特色を打ち出し、魅力的なものにするのに長けている。オーケストラもそういう独自の発達をして、他の地域の人たちに“面白そうだな”と思ってもらえるところがあると思います。
山下:名古屋は東京と大阪のちょうど中間で、どっちを向くのでもない独自の文化が育っている。この辺りはお二人の言葉にもその特徴が表れている気がしますね。この地域から多くの武将が出たように、良い意味で独自のプライドを持っていると感じています。
その名古屋で活動する皆さんのオーケストラ、それぞれの特徴についてと、今シーズンのラインナップについてもお聞かせください。
角田:セントラル愛知響はすごく家族的な雰囲気があります。以前は割とスタイリッシュな演奏スタイルでしたが、いまは濃厚な音も出せるようになり、さらに音色のパレットを増やしているところです。愛知県芸術劇場に本拠地を移し、「新しい景色、新しい音世界」とシーズンテーマを掲げて、それに沿ったレアな曲から王道の名曲まで、バランスのとれたラインナップになっています。あと、オペラハイライトシリーズを開催します。名作オペラのハイライトとガラコンサートを組み合わせたセミステージという形式で、気軽に楽しんで頂こうと思います。
山下:愛知室内は若い人たちが多く、愛知県立芸術大学の出身者がほとんどで、そういう意味では最もローカルなオーケストラといえるかもしれません。演奏への愛と、愛知室内愛がすごくて、この数年の成長は目覚しいものがあります。今シーズンはベートーヴェンなど土台となるレパートリーを中心に、現代新作初演まで幅広い演目を用意しています。私たちはフルオーケストラより小さめの編成ですが、愛知県芸術劇場という大きいホールでの演奏について色々工夫を凝らして、愛知室内ならではの響きを楽しんでもらいたいです。また、東海市芸術劇場でも定期演奏会を行います。来年3月にはモーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を演奏会形式で上演しますので、こちらもご期待ください!
川瀬:名フィルは「楽譜をきちんと読む」というスピリットが、世代交代を経ても息づいています。本当に上手ですばらしいオーケストラになったと思います。以前はまた味があって、怖い楽団だったんですよ(笑)。でも付き合ってみると、若い私を愛を持って手取り足取り、優しく厳しく教えてくれたのが名フィルなんです。僕の育ての親といってもいいかもしれません。名フィルも毎年定期にテーマを設定していて、今年度は「喜怒哀楽」。感情と音楽の結び付きがテーマですが、感情を表立って出しにくいこの時代だからこそ、小さいこどものように「喜怒哀楽」をシンプルに表現したいし、人間はこれでいいんだと思ってもらえたらうれしいです。
秋山和慶さんが率いる中部フィルについて。3人とも共演経験がありますが、特に山下さんは秋山さんとの関係も長いですね。
山下:これまでも数多くの地方オーケストラを率いてきたマエストロ秋山が、いまこの楽団にいらっしゃるということは、本当にすばらしいことだと思います。
地元のオーケストラをもっと楽しんでもらう、愛してもらうにはどのような工夫が必要だとお考えでしょうか?
山下:愛知にはプロオーケストラが4つあるので、とにかく皆さんにはいろんなものに手を出せる、体験できるという環境を大いに利用して欲しいと思います。
川瀬:同感です!4つもオーケストラがある!ぜひとも“聴く権利”を使っていただきたいなと思います。
角田:そのためにも、我々も新たなオーケストラの魅力の発信源として、さまざまな方法でお客様との接点を増やしていきたいところです。
川瀬:新しいやり方としてSNSなど色々な方法を使って工夫を凝らすのと同時に、やはり体温が感じられるようなやり方を取っていきたいですね。
角田:セントラル愛知は、中心を意味するセントラルに、コミュニケーション、コンフォート、コンテンポラリー、カラーの「5つのC」という理念を掲げて、特にコミュニケーションを大事にしたい。例えば、演奏会の前にレクチャーコンサートを開いて、私のレクチャーと演奏の一部を紹介しつつ、お客様との交流会のようなものも設けています。新たな試みとして、インスタライブも始めました。
川瀬:今はいろいろな憶測が情報として飛び交ったりする時代ですよね。一体何が本当かわからないことも多い。そんな中で私は、言葉がない音楽のもつ力というのを改めて感じています。どのオーケストラでもいいです。気軽に来ていただけたらいいなと思います。
山下:クラシック音楽を学校で習うのがいけないというのが私の持論です。受け身で受け取ったものはそこでおしまいです。よかれと思ってこれを聴きましょうと提案しても、それが若い聴衆の獲得には役立ってない。例えば、テレビや映画を観る人は予習しますか?しないから観てドキドキできるわけです。クラシック音楽は予習しなきゃいけないの?その時々で、聴いてよかったなとか、たまたま体調が悪くてつまんなかったとか、それでいいんです。とにかくいつでも来てください!
川瀬:我々もホールに来ていただくための工夫を、もっともっとしなきゃいけないと思います。
山下:我々はライバルであると同時に、一緒にやっていかなきゃいけない。音楽の良さを伝えたいという気持ちは皆さん同じなんですから。
来年には4つのオーケストラの合同演奏会が予定されているとか?
一同:そういう話もあるようなないような…(笑)。実現できるといいですね!
山下:愛知の4つのオケが、一緒に何かをはじめるというのは、初めての試みかと思います。大阪ではやはり4つあるオーケストラが組んで演奏会を開いていますが、一緒にクラシック音楽、オーケストラをみんなで盛り上げていこう、というつながりができています。だから今回、こういう話ができること自体、本当によかったなって思いますね。
◎Interview&Text/林昌英
秋山和慶
中部フィルはどのようなオーケストラでしょうか?
中部フィルは若い団員が多く、みんなが懸命に音楽と向き合う姿勢には感銘を受けます。とてもまとまりのあるオーケストラだと思います。2000年に小牧市交響楽団として設立した当初も、若い演奏者で腕の立つ人を集めようということでスタートしました。私は立場を変えながらずっと楽団に関わり続け、現在は芸術監督としてオーケストラを見ていますが、演奏は相当上手くなっています。それは中心となる演奏者が、他のメンバーを大いに牽引していることにあると思います。ソリストにも若い方を起用しています。昨年ですがヴァイオリンの北川千紗さんにシベリウスの協奏曲で出演してもらったんですが、とても素晴らしい演奏でした。
昨年から2年がかりで「北欧シリーズ」を定期演奏会で手がけていらっしゃいますね。
シベリウスの交響曲全曲演奏に挑戦中です。今まで北欧、特にシベリウスに絞って取り上げる機会が中々なかったんです。でも北欧には、シベリウスの作品を筆頭にいい曲がいっぱいあるんです。だからここで皆さんにも、一度掘り起こして聴いて頂きたいという気持ちです。このシリーズは全集として商品化も決まっているようです。他には、首席客演指揮者の飯森範親さんに2回、ゲスト指揮者として田中祐子さんに1回指揮をしてもらいます。現在、本拠地の小牧市市民会館が改装中なので、今期は6回の定期演奏会全てを愛知県芸術劇場コンサートホールで行います。
愛知のお客様の印象などはありますか?
概して中部圏のお客さまは、演奏の良し悪しに関わらず反応は静かですが、一生懸命聴いてくださっているのが伝わってきます。密かに楽しもうというか、それも県民性なのかもしれませんね。私としてはもっと拍手喝采して、スタンディングオベーションなどもして頂いて構わないのですが笑。
3人の音楽監督とはどのようなご関係でしょうか?
山下一史さんは桐朋学園で私の教え子だったこともあり、とりわけ長く親交がありますね。川瀬賢太郎さんや角田鋼亮さんはコンサートなどでお見かけして、言葉を交わすことはあります。指揮されている様子を拝見すると音楽を大切にされていることがとても感じられ、お二人とも素晴らしい指揮者だと思いました。指揮者として皆さんが、それぞれ自分の信じる道を歩んでいって頂けたらいいなと思います。
秋山さんは世界中のオーケストラを指揮されていますが、街とオーケストラの関係についてはどのようにお考えですか。
これまでバンクーバやトロント、シラキュースなどでポジションを持って来ましたが、海外では街にオーケストラが根付いています。商店のおばちゃんやタクシードライバーが、「昨日の演奏会、良かったんだって?!」と話しかけてきます。そんな様子から自分の街のオーケストラに誇りを持っているのが伝わってきて、とても嬉しくなりました。日本と比べて作曲家との距離感や、行政との関わり方など様々な要因があるとは思いますが、こういった存在になれるといいですね。
愛知のオーケストラもそうありたいですね。
4つのオーケストラはお互いライバルでもあるわけですが、ひとつにまとまって愛知の音楽界を盛り上げる機会を設けることはとても意義のあることだと思います。関西のように合同演奏会などが実現できればいいですね。そういう場で切磋琢磨することによって、お互いを高めあうこともできる。愛知のオーケストラは東京や大阪と比べても実力的にも引けを取らないないので、若い方たちと協力して、独自の芸術文化をしっかり発信していかなければと思います。
◎Interview&Text/磯島浩彰