HOME > 清水ミチコのシミズム > 清水ミチコの「シミズム」#24
私には歳の離れた弟がいて、
飛騨高山の駅前で実家の商売
(「if珈琲店」と「かやく家」というお弁当屋さん)
を継いでくれてます。
さて、その高山でもうすぐお祭りが近づいているという晩、
彼が車を運転していると、
ひょいひょいっと道路と車の合間をうまいこと渡って走り去る、
犬のような動物を見たんだそうです。
(おや、あれはなんだろう)と思いよく見てみたら、
口に何かくわえているようではないかと。
そしてそれはどうやら油揚げ。
で、(あれはキツネではないか!)とびっくりしたそうでした。
しかし、いくらなんでも、駅周辺にキツネがいるわけがない。
ブキミです。ありえない。
だがしかし、見たものは見た。
もしかしたらこれは何かの暗示ではないか、と、
弟は念のために数日後、
車で数分のところにあるお稲荷さんに行ってみたそうです。
そしたら、ぜんぜん知らなかったのだけれど、
どうやらその神社は「商売繁盛」にご利益のあるところであり、
飾られた花々などから察するに、
町の人にふだんから大切にされてる感じがしたとのこと。
ま、私も弟も父親に似て、
こういうものを信じやすいところがあり、
家族の中でいつもクールなのは母親のみなのですが。
私はその話を聞いて、こう思いました。そのキツネは、
(ここにこういう神社がありますよ)、
と弟に教えたかったんじゃなかろうか。
また、お祭り近くの夜に見た、というのも何か、
あちらの世界でも心はやるものが生じたのではないかと。
どちらにしても商売をしている実家。
(いいことをしてくれたかも?)と私は思いました。
で、その話を母親はどう思ったのか、
後日弟に電話で聞きました。
「こないだの話、なんて言ってた?」。
そしたら「二文字で終わった。」とのこと。
どういう意味かというと、
キツネの話を説明した弟への返事はなんと
「錯覚。」
で終わったらしいのでした。
笑いました。さすが母。
キツネにつままれたような話、でもなくなってしまいました。