HOME > ドラマチック!OH!能 > vol.51「角田川」
「角田川」の母のような女性が登場する能は「狂女物」と呼び、このような女性を「女物狂」と呼びます。愛する家族や恋人と引き離された女が想いを募らせ、一過的に狂気を帯びるが、相手に再会し正気に戻るというハッピーエンドのものが多いのですが、この「角田川」では、女性が愛する対象である子どもは既に死んでいます。そのため女性は子どもの声や幻とまみえるだけという、あまりにも悲しい物語となっています。それが人々の心を打ち、歌舞伎や浄瑠璃などにも取り入れられています。
【物語】うららかな春の夕暮れ時。武蔵国(現在の東京)隅田川。カモメが飛ぶ川べりには柳が揺れ、対岸には法要のための人だかりがしています。川の渡し場で、渡守(わたしもり)が最終の舟を出そうとしていると旅人が現れ、女物狂がやってくると告げました。女は都に住んでいましたが、わが子がさらわれたために狂乱し、子を探しにこの武蔵国まで旅を進めてきたのでした。渡守は狂女が船に乗るのを渋りますが、女が『伊勢物語』の「都鳥(みやこどり)」の古歌に我が身をなぞらえて嘆く姿に痛み入り、女は舟に乗り込むことができました。渡守はちょうど一年前に対岸の下総で亡くなった子ども、梅若丸の話を物語り、これから法要が行われるのだと言います。舟が対岸に着くも狂女は降りようとせず泣いています。渡守が尋ねると、先ほどの話の子はわが子だと女は言うのです。渡守は狂女に同情し梅若丸の塚に案内し、大念仏で一緒に弔うよう勧めます。わが子の小さな塚の前、狂女が鉦鼓(しょうこ)を鳴らし念仏を唱え弔っていると、塚からわが子、梅若丸の亡霊が現れます。しかし、子の手をとろうと近寄るも幻は腕をすり抜け、母の悲しみは一層増すばかり。やがて夜が明けると梅若丸の亡霊は消え、母はただ塚の前で涙にむせぶのでした。