HOME > ドラマチック!OH!能 > vol.44「熊野」
「熊野松風は米の飯」という言葉があるくらい、この「熊野」は「松風」とともに飽きない面白さが称えられてきました。平家物語にあるエピソードを題材にした能で、平宗盛に翻弄される愛妾熊野の姿を描いています。桜咲く都の情景と落ち込む熊野の心象風景の対比、そして親子の情愛と男女の葛藤というドラマ性を表に出さずにゆったりと進行してゆくところが、この能の見どころです。
【物語】遠江の国(現在の静岡県)、池田宿の遊女・熊野(ゆや)は、京の都で権勢を振るう平宗盛(たいらのむねもり)の寵愛を受けていました。故郷にいる母の病状が思わしくないことを心配する熊野。休暇をとり故郷に帰ることを願い出ます。しかし宗盛は今年の花見までは一緒に過ごそうと、熊野の願いを聞き入れません。やがて、熊野の侍女である朝顔が、母からの手紙を携えて現れます。文には「朽ちゆく桜のようなこの身、この春の花の頃すら待てるかどうか分からない。今生の別れが来る前に一目会いたい」と切々とした母の思いが綴られていました。熊野は母からの手紙を宗盛に読み聞かせ、ひたすらに暇を乞い願います。しかし宗盛は尚も引き留め、彼女の心を慰めるためと称し熊野を清水寺の花見に連れ出してしまいます。春爛漫、往来する洛中の楽しげな人々の中を花見車は過ぎて行きます。花盛りの東山を眺めつつ熊野は嘆息します。熊野の心は故郷への思い、母への気遣いで沈みきっています。心ならずも酒宴で舞を舞うなか、急に時雨が来て花を散らして行きます。熊野はその様子を母に重ね合わせて、和歌を一首読み上げました。その歌は宗盛の心に響き、ようやく帰郷が許されます。熊野は宗盛が心変わりしないうちにと、急いで朝の京を発つのでした。