HOME > ドラマチック!OH!能 > vol.29 「松風」
春の季節曲「熊野」と並び、非常に高い人気があります。「松風」では恋慕の情の表現が際立ち、その変化が面白さを導き出しています。松風、村雨が昔を思って涙するところにはじまり、行平の形見を松風が懐かしむクセの場面、その形見を着た松風が松の立ち木を行平と思う場面を経て、「中の舞」「破の舞」へ至ります。次第に感情が高ぶり、恋慕がすっかりあらわになり極まっていく中にも、しっとりした雰囲気が流れ深々とした緊張感が漂う名曲です。
【物語】ある秋の夕暮れ、旅僧が須磨の浦(神戸市須磨区)を訪れます。僧は、磯辺にいわくありげな松があるのに気づき、土地の者にその謂れを尋ねたところ、その松は松風、村雨という名をもつふたりの若い海人の姉妹の旧跡で、彼女らの墓標であると教えられます。僧は、経を上げてふたりの霊を弔った後、一軒の塩屋に宿を取ろうと主を待ちます。そこに、月下の汐汲みを終えた若く美しいふたりの女が帰ってきました。僧はふたりに一夜の宿を乞い、中に入ってから、この地にゆかりのある在原行平の詠んだ和歌を引き、さらに松風、村雨の旧跡の松を弔ったと語りました。すると女たちは急に泣き出してしまいます。僧がそのわけを聞くと、ふたりは行平から寵愛を受けた松風と村雨の亡霊だと明かし、行平との恋を語るのでした。姉の松風は、行平の形見を身に着けて恋の思い出に浸るのですが、やがて半狂乱となり、松を行平だと思い込みすがり付こうとします。村雨はそれをなだめますが、恋に焦がれた松風はその恋情を狂おしい舞に託します。夜が明けるころ、松風は妄執に悩む身の供養を僧に頼み、ふたりの海人は夢の中へと姿を消します。そのあとには村雨の音にも聞こえた、松を渡る風ばかりが残るのでした。