HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第八十回「死んでも消えない執着心」
文・イラスト/辻和子
死んでも消えない執着心
賢くない小悪党ほど執着心は強いのかも。懲らしめられても執念深くつきまとい、短絡的な思考回路は厄介この上ありません。
「隅田川続俤」(すみたがわごにちのおもかげ)の法界坊は、詐欺まがいの所業で生計を立てる願人坊主。本物の僧侶ではなく一種の物乞いのような存在です。色と欲に生き悪事も厭いませんが、その間抜けさが命取りとなります。
京の公家・吉田家は家宝を悪者に盗まれ、お家断絶の危機に。吉田家の若君は、縁ある商家・永楽屋に手代・要助として身をやつし、お宝を探索中。永楽屋の娘・おくみとは恋仲ですが、彼女に横恋慕する法界坊は、お宝を盗んだ真犯人と組み、悪事に加担して要助も陥れようとします。
要助とおくみの不義を言い立てる法界坊ですが、逆に吉田家の元・家臣の甚三に、おくみに宛てた恋文を暴かれます。それでも懲りずにおくみを拉致し、はるばる要助を尋ねて来た許嫁の野分姫まで口説く厚顔無恥さ。姫に拒絶されると要助に頼まれたと嘘をつき、土手べりで殺してしまいます。しかし最後は追って来た甚三を陥れるために掘った穴に、自分で落ちて死ぬという体たらく。
凄まじいのはその後で、恨みを残して死んだ法界坊と野分姫は合体霊となり、おくみの姿となって復活、要助たちを悩ませます。本物のおくみの前に現れた、もう一人のおくみの中の二人の亡霊。「双面」(ふたおもて)というシュールな舞踊劇仕立てですが、げに恐ろしきは不滅の執着心です。