HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第七十二回「負けて勝つ極意」
文・イラスト/辻和子
負けて勝つ極意
「負けて勝つ」のはきわめて高度なテクニック。一旦は相手に勝ちを譲り、争わずして最終的には勝利するという意味です。
必要なのは冷静さ。状況を的確に判断し、常に平常心を保たねばなりません。場合によっては味方をも欺く計算も必要でしょう。
「石切梶原」に登場する梶原平三は負けて勝つ達人。平家方につきながらも、実は源氏再興の志を秘める武将です。
鶴岡八幡宮で梶原は、平家の武将・大庭と俣野の兄弟に出会います。自らの武勇を自慢し、合戦に負けた源頼朝の悪口を言う俣野。嫌みたっぷりな俣野をいなして、さっさと立ち去ろうとする梶原。
そこへ源氏再興を願う老人・六郎太夫とその娘がやって来て、平家追討の資金を作るため、大庭に家宝の刀を売ろうとします。
刀の目利きの梶原は、大庭に鑑定を頼まれますが、刀の銘を見て、六郎太夫が源氏の縁者と気づきます。自分と囚人を重ねて試し切りするよう申し出る六郎太夫。二人を切ろうとする俣野を、梶原は鑑定した自分の役目だと止め、刀を振り下ろしますが、切られたのは上になった囚人だけでした。
刀の銘で六郎太夫を助けようと秘かに決心した梶原は、わざと失敗したように見せかけて六郎太夫を救ったのです。
平家方に見張られながらも心の内を見透かされないよう、細心の注意を払って難しい技を成し遂げた梶原。嘲笑しながら去って行く大庭らを見送った後、見事石の鉢を真っ二つに切り割り、名刀を証明して刀を買い上げます。後に源氏は勝利し、梶原と六郎太夫の目的は果たされる事になります。
大志を秘める梶原にとって、余計な波風を立てないよう常に気を配るのは当然の事なのです。