HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第六十八回「愛の執着駅」
文・イラスト/辻和子
愛の執着駅
無償の愛と執着は背中合わせ?そんな感想を抱いてしまうのが「盲目物語」です。
谷崎潤一郎の小説を歌舞伎化したもので、主人公は盲目の法師・弥市。織田信長の妹で、後に戦国武将・柴田勝家に嫁ぐ事となるお市の方に仕えています。按摩と音曲が得意な余市の楽しみは、心ひそかに慕っているお市との合奏。余市にとってそれは、決して結ばれる事のない相手と、音楽を通じて心を重ね合う至福の時間でした。信長によって前夫の浅井長政を滅ぼされたお市に側近く寄り添い、勝家との再婚後も、近くにいさせてもらえるよう願います。
お市の娘・茶々たちとも睦まじく過ごしていた弥市でしたが、 勝家が戦に破れ、幸せな日々も終わります。かねてからお市に横恋慕していた木下藤吉郎が、勝家を滅ぼしてお市をわが者にしようとしたのです。お市は夫とともに自害し、落城の混乱のなか、弥市は茶々の手をとって城を脱出します。
茶々の手の感触がお市そっくりと気づいた弥市は、ずっと自分を側においてほしいと取りすがります。薄気味悪く思った茶々は、弥市を置き去りにしますが、弥市は見えない目で必死に後を追おうとします。
月日が流れ、関白・秀吉となった藤吉郎と、側室・淀君となった茶々が、琵琶湖のほとりを訪れます。藤吉郎も弥市同様、お市のかわりに茶々を欲したのです。貧しい人々に施しをする中に、落ちぶれた弥市の姿が。皆が去った後、お市との日々を想って弥市が唄う「思うとも その色人に知らすなよ」という文句が哀れです。