HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第六十七回「勝つための説得スキル」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

勝つための説得スキル

早口言葉で有名な「武具、馬具、武具、馬具、三ぶぐばぐ、合わせて武具、馬具、六ぶぐばぐ」を耳にした事のある人は多いのではないでしょうか。
アナウンサーの滑舌訓練としても知られるこのフレーズ、歌舞伎十八番「外郎売」に登場する、長い長い言い立て(雄弁術)です。披露するのは曽我五郎という若武者。富士の裾野で狩猟イベントを開催中の大名・工藤を父の仇として狙う五郎は、外郎売に身をやつして近づきます。
外郎とは中国伝来の薬で、喉や滑舌に効くとされました。部下たちや遊女らと酒宴中の工藤は、五郎の売り声に興味を引かれて招き入れ、早口の言い立てを所望します。大勢が居並ぶ前で薬の由来や効能、工夫をこらした様々な語呂合わせをよどみなく語り聞かせた五郎は、皆を感嘆させます。
キモは五郎の堂々とした態度。いわば外郎の効能を自演しているわけですが、説得力をもって語られると人は信用したくなるもの。逆に自信無さげな人の提案は、セールスでも仕事の企画会議でも、通りにくい事でしょう。
しかも五郎の本当の目的は工藤を討つ事で、外郎を売る事ではありません。願望成就のためのステップなのですが、その場に駆けつけた五郎の兄・十郎の振る舞いとともに、兄弟の心意気に感銘を受けた工藤は、後に潔く兄弟に討たれようと約束します。
何事を為すにも、まずはターゲットの懐に飛び込み、相手を納得させる事が大切。そこで重要となるのが「自信の見せ方」。なかなか高度な世渡りテクニックです。