HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第五十八回「誰も知らない、一寸先」
文・イラスト/辻和子
誰も知らない、一寸先
因果応報などと言いますが、自分がした事の結果など、その時点ではわからないのではないでしょうか。
「蔦紅葉宇都谷峠」に登場する商人・十兵衛は、旅の途中で偶然同宿した盲目の按摩・文弥を、恩ある主家のために殺して金を奪ってしまいます。一部始終を見ていたスリ・提婆の仁三は後日、十兵衛を強請りますが、逆に斬り殺され、十兵衛も切腹して果てます。
この十兵衛は悪人ではなく、ふとした思いつきからそうなってしまったのがポイント。最初に居合わせた宿で、文弥から金を盗もうとした仁三を取り押さえた十兵衛。座頭(高位の按摩)の官位を得るため、東海道を京に上ろうとする文弥を心配した十兵衛は、親切心で夜道を同行する事を引き受けます。
文弥は官位取得に必要な百両を持っていました。それを知り、つい百両を貸してもらえないかと頼む十兵衛。彼もまた、よんどころない事情で百両が必要でした。しかし文弥は、金は姉が遊女に身売りして作ったもので、貸す事は出来ないと断ります。
いったんは諦めたものの、意を決して文弥を殺して金を奪う十兵衛。そして1年後、彼は江戸で居酒屋を営んでいます。妻は旧主の娘なのですが、文弥のたたりで1年前から盲目に。妻のために雇った手伝いのお婆さんが、実は文弥の母親と知って愕然とする十兵衛は、切腹して文弥を殺した事を詫びながら死んで行きます。
最初から悪事を働こうとしたわけではなく、ちょっとした偶然や出来心が重なった結果が、思わぬ身の破滅。一口に因果と言いますが、たとえ盲人でなくとも、一寸先は見えないのです。