HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第五十一回「巻き込むオンナ」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

巻き込むオンナ

志の強さが、周囲の行動をも変えていくー。「鎌倉三代記」の時姫は、そんな「巻き込み力」ナンバーワンのお姫様です。 舞台は戦国時代で、時姫の父・北条時政と、彼女が恋い慕う三浦之助の家は敵同士。時姫は父に背き、三浦之助の実家に「押し掛け女房」よろしく入っています。病身の姑を、かいがいしく世話していますが、登場時には赤い振り袖姿に姐さんかぶりという、お姫さまらしからぬミスマッチな姿なのが、とても印象的です。 時姫と三浦之助は、まだ結婚しておらず、共寝もしていません。母・長門を案じ、負傷しながらも戦場から一時帰宅した三浦之助に、時姫は「夫婦の契りをして」とすがりつきます。「親に背いて焦がれた殿御」という台詞が有名ですが、三浦之助に「敵方の娘と結婚は出来ない」と、冷たくはねつけられます。 絶望した姫が自害しようとした時、現れたのは一人の足軽。時政から、娘を連れ出せたら嫁にくれてやると命令されてきたと、姫に言いよります。怒る姫、逃げ出す足軽。再び自害しようとする時姫に、三浦之助は「父・時政を討てば妻にする」という難題を提案。思い悩む姫でしたが「北条時政討ってみしょう」と宣言。親よりも恋を選ぶ覚悟を決めるのです。 歌舞伎に登場する姫は、恋に生きる激情の持ち主が多いのが特徴ですが、なかでも時姫の意志力、行動力はきわだっています。
実は足軽の正体は武将・佐々木高綱。時政方のスパイを見張るため、三浦之助と仕組んで偽装していたのです。姫の決心を時政に報告しようとしたスパイは討ち取られ、長門は戦場に戻る息子と、姫の決心の妨げにならないよう、死を選びます。そして高綱は、姫とともに北条の陣屋へ。すべては姫の意志があってこそ、周囲が動き出しました。非情な戦時下で、彼らが結んだ一連托生の絆と、姫の強い影響力が印象的です。