HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十八回「恋と愛の配分」
文・イラスト/辻和子
恋と愛の配分
「愛」と「恋」は、似ているようで別のもの。恋に始まり愛に至る男女も多いでしょう。また愛は恋よりも、その対象が家族、芸術、地域、など幅広いもの。自分のためを考えるのが恋、相手のためを考えるのが愛、という名言もありますが、恋愛という言葉が示すように、恋と愛の配分は色々な形がありそうです。 「摂州合邦辻」のテーマは、継母の邪恋という、ワイドショー級のセンセーショナルさです。主人公の玉手御前は若く美しい女性。大名家に腰元奉公していましたが、前妻を亡くした当主に望まれて後妻となりました。しかし彼女は、あろうことか前妻の息子・俊徳丸に恋をするのです。 玉手は二十歳前後という設定で、俊徳丸とあまり年齢差がないため、その展開も一応不自然ではありません。自ら飲ませた毒薬のせいで俊徳丸は病となり失踪、それを追って玉手も屋敷を出奔します。玉手の親の家に保護されていた俊徳丸と、許嫁の浅香姫を見た彼女は「嫉妬の乱行」と呼ばれる狂態を繰り広げ、怒った父親によって刺されます。 落命前に玉手は、自分の恋は俊徳丸を腹違いの兄が企む暗殺から遠ざけるための計略であり、死をかけた自分の血を飲ませる事で、俊徳丸の病も治ると明かします。俊徳丸と、その兄も罪に問われないよう、両方助けるのが自分の継母としての使命と語ります。 かつて腰元だった玉手にとっては、夫、前妻、俊徳丸、全員に対する愛と思いがあります。過激な行動は、若さゆえのストイックな心がそうさせた面はあるでしょう。しかし無意識にも「恋」の気持ちは入らなかったのか?そのために我知れず、乱行に至ったのではないか。いやいや、やはり自分にとって大切だと思える
世界に、秩序を取り戻すための行為が「愛」であり、その象徴が俊徳丸だったのではないのか?玉手自身にも未分化だったのかもしれず、そこが人間の感情の複雑さ、奥深さなのかもしれません。