HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十七回「哀しき本心」
文・イラスト/辻和子
哀しき本心
置かれた状況を熟慮し、十分納得して出した結論。それでも心乱れてしまうのが人間なのかもしれません。
たとえ人一倍、知性や教養がすぐれていたとしてもー。
平清盛へのクーデター計画が発覚し、流罪となった貴族たちの運命を描いたのが「俊寛」。中心人物で元僧侶の俊寛は、仲間の成経、康頼らと、南海の孤島で助け合って生活しています。俊寛は30代の設定ですが、3年にわたる馴れない島暮らしに疲弊して、身なりはボロボロ、足取りも弱々しく老人のような外見。都会のセレブだった彼らも、島では硫黄を採って魚と交換し、海藻を拾ってしのぐという貧しさです。
そんなある日、成経が島の娘の海女・千鳥と夫婦約束をするという変化が。喜ぶ俊寛に千鳥は「これからは娘と思って、どうぞ可愛がってください」と、けなげに挨拶します。そこへやって来たのが、都からの赦免船。清盛の娘が出産するため、罪人の恩赦が出たのです。
喜ぶ一同に、使者・瀬尾が見せた赦免状には、清盛に人一倍憎まれた俊寛の名のみがありません。絶望する俊寛をあざける瀬尾を制したのが、もう一人の使者・丹左衛門。清盛の長男の計らいで、俊寛の赦免状も持参したと語ります。しかし瀬尾は残酷にも、都に残した俊寛の妻は清盛に殺されたと告げ、千鳥の乗船も拒みます。無慈悲な仕打ちに死のうとする千鳥を見て、覚悟を決めた俊寛は瀬尾を斬り、その罪で自分がかわりに島に残ると申し出ます。
愛する妻を失い、島から戻れたとしても清盛に疎まれている自分に未来はない。若い成経と千鳥に未来を託そうー。そう冷静に判断し、行動に移した俊寛。しかし見送っていた船を思わず追いかけ、一人取り残される呆然とした姿を、伴奏の義太夫は「思い切っても凡夫心」という詞章で表現します。英雄的な選択と凡人の心。その両方を描いたことで、本作は時代を越えた普遍性を得たのです。