HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十六回 「小ずるさの果て、身は滅ぶ。」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

小ずるさの果て、身は滅ぶ。

大きな悪ではない「ちょっとしたずるさ」は、誰の心にも潜んでいるもの。でもダークサイドを悟られてしまった時は厄介です、特に身内には…。 そんな感慨を覚えるのが「巷談宵宮雨」。夏祭り直前の江戸下町が舞台ですが、ウキウキした雰囲気からはほど遠い、薄暗く湿った雰囲気と、登場人物の「薄汚れ感」をえぐって秀逸の怪談です。 主人公は、色と欲には目のない僧侶くずれの龍達。女性問題で寺を追われ、甥っ子の太十の家に転がりこんでいます。ボサボサ頭でだらしのない外見と、やさぐれた口調は、とても元僧侶とは思えません。何かと言えば「血筋が一番」と身内である事を強調して、図々しく居候を決めこみます。 しかし太十も、 龍達がよそに作った娘を引き取って育てた後で妾奉公に出すなど、一筋縄ではいかないキャラ。居候を迷惑がる女房に、抜け目のない龍達が金を隠し持っているはずだとさとし「そのうちいいことがあるから」と機会をうかがっています。 案の定、龍達は太十に「追い出された寺に埋めてきた百両を掘り起こしてきてほしい」と頼みかけて、言いよどみます。「太十に持ち逃げされるのでは」と迷っているからです。小ずるい人間は人のずるさにも敏感です。しかし太十のほうも自分以外には頼めないだろうと見通して「嫌ならよそへ頼みな」とうそぶき、当初の思惑通り分け前を目当てに、苦労して金を掘り起こしてきます。 三十両はもらえるとほくそむ太十でしたが、なかなか言い出さない龍達にシビレを切らして催促すると、龍達はしぶしぶ金を取り出して迷った末に、わずか二両を差し出します。怒る太十に「嫌なら一銭もやらない」と言い放つ龍達。その結果太十は、偶然手に入れたねずみ取りの薬で龍達を殺害。しかし金に執着するあまり幽霊になった龍達に、女房とともに取り殺されまてしまいます。互いのずるさが破滅を招いた、叔父と甥のなれの果てです。