HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第四十一回「小さい奴ほど、よく堕ちる。」
文・イラスト/辻和子
小さい奴ほど、よく堕ちる。
ごく普通の小心な庶民が、悪の道にはまって歯止めがきかなくなるー。それが「敵討天下茶屋聚」の安達元右衛門です。
早瀬家の中間(下級の家来)である元右衛門は、父の敵を追う早瀬兄弟にまめまめしく仕えていましたが、酒癖の悪さで失敗を重ねています。禁酒中の元右衛門でしたが、兄弟が追う敵・東間主従にだまされ、酒を飲まされて不覚にも泥酔し、兄弟に勘当されてしまいます。
その後、悪の道に進んだ元右衛門は、再会した早瀬兄弟を盲目の身と偽ってだまし、その仮宅に忍びこんで金を盗み、献身的に兄弟を支える自分の弟まで手にかけて殺します。登場時のキャラとは打って変わった悪人ぶりが本作のツボ。哀れっぽく前非を悔いていたはずの元右衛門が、人目がなくなるやいなや、カッと目を見開く不敵な演技が印象的です。
東間をさがし続けてホームレス同然となった兄・伊織と弟・源次郎の早瀬兄弟が暮らす小屋に、再びやってきた元右衛門。彼は金を盗んだ際に伊織の足を斬って逃走しており、その傷が元で伊織は半身不随になっています。兄弟を裏切って東間についている元右衛門が、伊織をいたぶる場面が最大の見どころ。ここぞとばかり悪口雑言を連ね「びっくりするな、まだある」と、自分の悪行を並べ立て、動けない伊織を見下ろして「ふびんやなあ」と嘲弄します。
以前の主人にそんな態度が出来るのも、東間の虎の威を借りていればこそ。リアルな軽薄さは現代にも通じますが、ずっと兄弟に使われ続けていた鬱憤も積もっていたのかも知れません。あれだけ尽くしていたのに、よくもクビにしてくれたなー。その気持ちは「可愛さあまって憎さ百倍」の心境にも似ています。しかしもともと小心者なので、仮宅にしのびこんだ時もビクビクしている様子は滑稽です。ダークサイドへの転落もキッカケ次第なのでしょう。