HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第三十七回「アウトローの流儀」
文・イラスト/辻和子
アウトローの流儀
悪事に長けた者は、善事も成しとげられる—。そんな懐の深さを持つのが「天衣紛上野初花」の河内山宗俊。ならず者スレスレのアウトローの親分です。 河内山の職業は、武家業界の裏マネージャーというところ。幕府の「お数寄屋坊主」というお役目で、頭は丸めていても僧侶ではなく侍です。江戸城に登城する役人や大名たちを茶道で接待したり、茶会を仕切るのが仕事です。身分は低くとも「武家の象徴たるイベント」茶会を取り仕切る関係上、将軍の側近く仕えるのが最大の強み。大名の噂話をチクるのも朝飯前なので、大名たちは彼らに賄賂を贈る事もありました。幕府と大名家の諸事情に通じていたため、大名といえども、粗末に扱えない存在だったのです。 そんな河内山が、大名・松江候の愛人にされそうな商家の娘を救出するため、その屋敷に乗り込みます。もちろん、莫大な成功報酬が目当てですが、そのやり方は痛快。困っている商家側に「お前さんたちは、ひじきと油揚げの煮たものばかり食べているから、いい知恵も出ないのだ」と言い放ち、上野寛永寺の僧侶に化けて、堂々と松江候の屋敷に乗り込みます。寛永寺は徳川家の菩提寺で、大名に対して圧倒的な権威を持っていました。 悪でも善でも何かを為す時は、胆力と柔軟さの両方が必要でしょう。スポーツでも柔軟さを欠くと怪我をします。そこは職業柄、海千山千の河内山。状況を機敏に読みとって対応します。病気と偽りながら、陰で娘を追い回している松江候に対面するなり「まことに意外のご血色」と、皮肉な一撃で相手の出鼻をくじき、ぐうの音の出ないところに、高僧らしく威厳のある態度で交渉し、見事娘を取り返す事に成功します。 しかし真価を発揮するのは帰る直前、松江候の家来に正体を見破られた時。あわてず騒がず、それまでと打って変わったべらんめえ口調で「河内山は直参(幕府直属)だぜ。大名風情にへつらう言われはねえ」と豪快なタンカをきります。松江候が手も足も出ないと見るや、また上品な口調に戻り「帰っても苦しゅうござらぬか」と悠々と去って行く。この柔軟さ、なかなか真似の出来ない芸当です。