HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第三十四回「デキる男にはタメがある」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

デキる男にはタメがある

仕事が出来る人は、公私の切り替えも巧みとか。状況に応じた切り替えが出来る人は大人です。上手な切り替えに必要なのが、目の前の状況に脊髄反射しない「心のタメ」ではないでしょうか。 歌舞伎十八番「毛抜」の主人公・粂寺弾正の切り替え能力はピカイチ。ある公家の屋敷でおこった怪事件を解決する痛快なヒーローです。 家宝の短冊がなくなったり、お姫様の髪が逆立つ奇病の裏には、お家乗っ取りを企む悪人の策略がありました。弾正は、お姫様の許嫁の家からやって来た使者です。 注目は弾正のキャラ。豪放で優しく、頭脳明晰で頼れるタフガイですが、実は大変な色好み。仕事の合間に若衆や腰元を口説きます。美しい若衆を見るや、速攻すり寄って「柔らかなお手…」と嬉しげに手をとる弾正。馬術の稽古に事寄せ、馬に見立てた若衆に後ろから抱きつき「鞍の上の乗り具合〜」とのたまうなど、あからさまなセクハラ状態。迷惑がる若衆に「じっと辛抱せねば芸が上がらぬ、拝む拝む」と懇願モードなのが笑えますが、アッサリふられてしまいます。 次に目をつけたのが、お姫様のたてたお茶を運んで来た腰元。「お姫様のお茶もさぞかしでしょうが、まずはあなたのお茶を頂きたいです」と、大真面目にねだる。お茶とは女性そのものの意味で、またもや、あけすけなアプローチ。あげくには「男は初昔(初めて)か」などと、現在なら訴えられる事必定です。 腰元にも叱られ、ダブルでふられますが、持ち前のタメ力を発揮。怒ったり深追いせずに、照れくさそうに観客に向かい「近頃面目次第もございません」と、愛嬌たっぷりに謝ります。セクハラ三昧でも、不思議と憎めません。 面目躍如なのはこの前後。弾正が取り出した毛抜が、ひとりでに畳の上で踊り出す。驚き、じっと考えこむ弾正。ふざけていたのに一転、仕事モードです。ふられた時の対応といい、なかなかの切り替え上手。後半で、悪人が天井裏に磁石を仕込んだと看破します。悪人の脅しにもユーモアたっぷりに応じる弾正。心のタメが生む切り替え力に、こなれた大人を感じます。