HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第三十三回「語らずして分かり合う男たち」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

語らずして分かり合う男たち

青春時代にタイムスリップ!そんな思いがけない体験をしたのが「松浦の太鼓」に登場する松浦侯。俳諧を好む風流大名で、高名な俳諧師・宝井其角に師事しています。赤穂浪士のリーダー・大石内蔵助とは若い頃に兵学校の門弟同士で、自身の屋敷は浪士の討ち入り目標・吉良邸の隣という設定です。
舞台は討ち入り直前の、師走の寒い日。赤穂浪士に共感する松浦侯は、吉良邸への討ち入りを心待ちにしていますが、そんな気配はないまま。松浦邸での句会に呼ばれた其角が、浪士の一人で俳諧仲間の大高源吾と偶然出会った話をします。すす竹(すすを払う掃除用具)売りになっている源吾に、討ち入る意志はなさそうだったと聞いて、ブツブツと不機嫌になる松浦侯。
ポイントは松浦候のキャラ。機嫌良く句を作っていたと思えば、其角が松浦候から拝領した紋服を源吾に与えたと聞き「バカバカ」とつぶやいたり、腰元として奉公中の源吾の妹を、腹立ちまぎれに解雇しようとしたり、人間味満点。 
本作では俳諧も重要な役目を果たします。それが其角と源吾が会った時、交わした連歌。ある人がよんだ句に、別の句をつける手法ですが、其角が年末にちなんで「年の瀬や 水の流れと人の身は」とよみかけると「明日待たるるその宝船」とつける源吾。通常、宝船は正月の到来を指しますが、源吾の真意は別にありました。
句会の途中に、吉良邸から聞こえてきた陣太鼓。それはまさしく松浦侯が、若い日に兵学校で習った打ち方であり、大石らの討ち入り合図でした。「宝船」とは、討ち入りによる大願成就の意味だったのです。それに気づいた松浦候の興奮が最大の見せ場です。
大石への友愛の情を持ち続けていればこそ、討ち入りを応援した松浦侯。若い日に培った熱い気持ちは、特別なものかも知れません。太鼓の音を聞いた時、その胸には青春の日々が、鮮やかによみがえっていた事でしょう。 
腹を立てた事も素直に謝罪し、嬉々として浪士に助太刀しようとして、家臣に止められるのもご愛嬌。鷹揚で裏表がなく、憎めない殿様気質が魅力的です。