HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第二十八回「幸も不幸も、言葉しだい?」

世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第二十八回「幸も不幸も、言葉しだい?」

ネガティブな言葉は口にしないに限ります。なぜなら、実現してしまう可能性が高いから。言霊という言葉があるように、言葉に宿る力はあなどれません。
「真景累ヶ淵」に登場する富本節の師匠・豊志賀は、三十代後半のいい女。男嫌いで、気楽な独り身を通していますが、町内の男たちの人気者。いわば自営のキャリアウーマンというところ。
そんな彼女のもとに、新吉という若い男性が弟子入り。最初は弟か息子のように、新吉を可愛がっていた豊志賀ですが、いつしか深い仲に。二十歳近く離れた「年の差カップル」です。
当然人の噂となり、真面目な弟子は減る一方、おまけに豊志賀は、親の因果のせいで顔の腫れあがる病気に。新吉は献身的に看病しますが、豊志賀は「こんなおばさんを若くてきれいな人に看病させるのは気の毒だ。早く死んであげたらお前も楽だろう。こんな顔を見るのはさぞいやだろうね」と、毎日嫌味の連発。
そう、豊志賀は内心では新吉に捨てられるのが怖くてしかたがないのです。半分は本心、半分は「そんな事はない」と否定してほしくて、言わずにはいられない。また、万一捨てられてもダメージが最小限になるよう、自分から予防線を張っている。しかしネガティブな言葉は、言えば言うほど自分も周囲も蝕むだけ。
不安は妄想も生み出します。見舞に通って来る弟子のお久という娘と、新吉の仲を疑う豊志賀。新吉は否定し「嫁入り前のお久さんに変な噂が立ったら可哀想いそう」とたしなめますが、豊志賀は「お前はお久ばかりが可哀想で、私のことは可哀想じゃないんだろう」と暴走状態。
ある日、看病に疲れ果てた新吉は、偶然外でお久と出合います。お久も家庭に問題を抱えており、二人で悩みを言い合っている間に意気投合、あわや駆け落ち寸前に。豊志賀の言葉が現実となった瞬間、新吉の耳に聞こえてきたのは、そこにいないはずの豊志賀の声…。
新吉の留守中に絶命した豊志賀が幽霊になっていたという怪談話ですが、言霊の力の怖さがリアルです。