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文・イラスト/辻和子
第二十七回「怒る時は怒る勇気」
本当に悲しい時や怒った時、それを伝えるのは、けっこう難しい事かも知れません。傷ついている自分を見ない、見せない「かっこいい」生き方よりも、勇気がいるのではないでしょうか。 「伊勢音頭恋寝刃」に登場する遊女・お鹿は、勇気ある女性。彼女がひそかに慕っているのは、福岡貢というイケメン。貢の恋人は、お鹿の同僚であるお紺といい、貢とお紺は、典型的な美男美女カップルです。 貢は旧主のために、名刀と折り紙(鑑定書)を探しており、お紺は悪者をあざむくため、貢にウソの愛想尽かしをしてまで協力するという設定。お鹿は不器量な三枚目キャラということもあり、恋愛的には完全に圏外。 ある夏の日、遊廓にやって来た貢の前に登場するお鹿。「やった!やっと貢さんが自分を呼んでくれた!」とウキウキ。それもそのはず、以前から彼女は、貢から無心とセットになった「次は指名したい」という手紙をもらっており、そのたび金を用立ててきました。だから貢に呼ばれる事を不思議と思っていません。 ところがその手紙は、悪者たちが、貢を陥れるために作ったでっちあげ。まったく身におぼえのない貢は、後から出て来たお紺に、お鹿を指して「店側が勝手にこんな者をよこした」と言い訳。いあわせた客たちにも「たで食う虫も好きずき」と、さげすまれたお鹿は怒り心頭に。苦しい中から櫛やかんざしを売って、貢に用立ててきたのですから、無理もありません。 お鹿は一同にこう語りかけます。「もしお紺さん、お前の目にはわたしの顔がおかしかろ。皆さんもおかしかろ。なんぼたででもへちまでも、切れる事は切れやんす。」そして伊勢参りの観光客には「お紺もいいが、お鹿もいい」と言われていると強がり、「ついぞ客に無心をした事も振られた事も無い」と言うのです。 いつも軽んじられているお鹿ですが、理不尽な扱いには怒ってみせました。本作では脇キャラですが、腕のいい役者さんが演じる事が多く、生き生きとした人物像に共感をおぼえます。それはお鹿が、人としての真実の気持ちを、おそれず見せているからでしょう。