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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第二十三回「江戸っ子気質の残酷さ」

意なき都会と質実な田舎。そんな気質のすれ違いが生んだ悲劇―それが「名月八幡祭」。 来るべき祭りの準備金に苦慮する深川の人気芸者・美代吉。彼女に惚れている越後の行商人・新助は、自分と一緒になってくれる事を条件に百両を工面。しかし窮状を知った贔屓客から金をもらった美代吉は、新助との約束をあっさり反古に。もともと彼女には彼氏がいました。 百両は、新助が田舎の家と田畑を売ってこしらえたもの。裏切られたとショックを受け、帰るべき故郷もなくした新助は発狂、八幡祭の夜に、美代吉を殺してしまいます。 印象的なのが、美代吉はじめ江戸の人々の「悪気のない調子の良さ」。真面目を絵に描いたような新助とは対称的です。「あんな田舎者をだまして金をこしらえたら沽券にかかわる」と、うそぶく美代吉ですが、新助が訪ねて来たとたん、愛想よく歓待します。 新助の真剣さに押され、つい色良い返事をした美代吉ですが、彼女は江戸っ子の典型。見栄っ張りで宵越しの銭を持たず、芸者という職業柄も手伝い、今が良ければ後先の事は考えません。金さえ工面すれば、すぐにでも一緒になれると思う新助も性急ですが、もとより彼女に悪意はなく、遊び人の彼氏に苦労させられている不満も手伝い、その時々で、思いついた事を言っているだけ。 「田舎の人にはうっかり口もきかれない」絶望する新助を見て美代吉はつぶやきます。 そもそも悲劇の原因は、新助の得意客・魚惣が、行商シーズンを終えた新助に、祭りを見てから田舎に帰るよう、すすめたから。魚惣にとって「田舎の人に江戸の大祭を見せてあげる」のは最大の親切。親身に新助を心配する男気の持ち主ですが、芝居の冒頭、別れの挨拶ついでに商売をする新助に「田舎の人は油断ならねえ」などと、軽口をたたきます。 祭りの夜、迷子の田舎侍を見て「人ごみの歩き方も知らない」と笑う若い衆。誰も彼もが「江戸こそが一番」と信じ、田舎を上から目線で見ています。何の悪気もなく…。 発狂して「江戸っ子が何だ!大嘘つきの大泥棒!」と叫ぶ新助。江戸ナショナリズムへの、精一杯の抗議です。