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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第十五回「元カノへの未練」

男性の方が、過去の恋愛を引きずりやすい?「与話情浮名横櫛」は「元カノへの未練」がデーマの芝居です。
江戸の大店の若旦那・与三郎は、放蕩の末、預けられていた木更津で、土地の親分の囲い者・お富と出会います。
共に江戸育ちのイケメンと美女。芸者上がりのお富と、裕福なお坊ちゃまの与三郎は、アウェイな土地で互いに「都会っ子同士」のシンパシーを感じ取りました、たちまち恋に落ちますが、デート現場を見つけられた与三郎は切り刻まれ、お富は海に身投げ。三年後、偶然再会した二人の境遇は大きく変わっていました。
与三郎は勘当されて落ちぶれ、無頼漢の蝙蝠安と共に、ゆすりかたりをする毎日。お富は、海で多左衛門という商人に助けられて囲い者に。実は多左衛門は、お富の実兄で、お富には指一本触れていないという設定です。
お富の妾宅に、金をせびりにやってきた蝙蝠安にくっついて来た与三郎は、お富を見てビックリ。それから有名な台詞になります。
「ご新造さんえ…おかみさんえ…いやさお富、久しぶりだなぁ~中略~よくぞおぬしは達者でいたな」
与三郎にしてみれば「俺はこの女のせいで、総身に傷を受けたあげく、ここまで落ちぶれたのに、この女は人の気も知らないで、のうのうと誰かの妾になっていたのか!」
恋人の浮気を責める時、女は彼の浮気相手を責め、男は彼女を責めると、よく言われますが、その見本のようです。
生き別れになったせいで、なおさら、お富の事が忘れないでいた与三郎。お富とて同様ですが、多左衛門の親切な申し出を「ま、いっか」と承諾しています。「それはそれ、これはこれ」というわけで、女性はいつだって現実的。
こんな状況で、格好つけたがる男性も多いはず。しかし、そこはお坊ちゃま育ちの与三郎。ストレートに「この傷は誰のために受けた傷だ」と、お富に気持をぶつけ、多左衛門が差し出した金も「受け取れない」とダダをこねます。
与三郎にとって金はどうでも良く、お富と離れたくないだけですが、蝙蝠安に「生意気言うな!」と叱られ「そんなに言わねえでもいいじゃあねぇか」と、甘えたように言うのも「やっぱりお坊ちゃま」。
お富も、そんな坊ちゃん気質に惚れたのでしょうが、過去の引きずり方は、与三郎の圧勝のようです。