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文・イラスト/辻和子
第十四回「男の見得と女のプライド」
見得とプライドはどう違う?見得は外に向けるもので、プライドは自分に向けるものではないでしょうか。
男の見得と女のブライドのぶつかり合いが生んだ悲劇―そんな見方も出来るのが「籠釣瓶花街酔醒」です。
吉原の花魁・八ツ橋に惚れこんだ田舎の商人・佐野次郎左衛門は、通いつめたあげく彼女を身請けしようとしますが、八ツ橋には栄之丞という公認の間夫(恋人)がいました。栄之丞につめ寄られた八ツ橋は、やむなく次郎左衛門に愛想づかしをします。恨みに思った次郎左衛門は、いったんはその場を去るものの、四ヶ月後に舞い戻り、八ツ橋を斬り殺します。
吉原の花魁といえば、高級ホステスとタレントを合わせたような存在で、プライドも高く、嫌いなお客は断る事も出来たと言われますが、やはり実態は「売り物買い物」。ためになるお客を袖にするのは、なかなか難しかったでしょう。
一方、次郎左衛門は、裕福ながらも田舎者で、醜いあばた顔がコンプレックスです。
遊廓とは「見得を張る場」。通い詰めてスマートさが身についた次郎左衛門は、廓中の人気者に。そうなると「八ツ橋とラブラブな俺を、仲間にも見せびらかしたい!」
仲間たちは、八ツ橋を見て驚くものの、内心では「なぜこんな醜男が」と呆れています。しかし次郎左衛門は「これは売り物買い物だから、わしの居ぬ時お買いなさいよ」と、余裕をかまして見せます。
そんな得意満面な気分も、満座の中での愛想づかしで、こっぱみじんに砕かれます。
最初は「次郎左衛門に申し訳ない」と、愛想づかしに気の進まない八ツ橋。しかし廓の人々に、口々にたしなめられ、遊女という自分の境遇に嫌気がさして、次第に不機嫌になっていきます。廓にとっては、八ツ橋はドル箱。次郎左衛門に去られては、みんなが困るのです。
「具合が悪いのなら早く寝て下さい」と、必死でとりなす次郎左衛門に「寝るお世話には、なりんせん!」と言い放つ八ツ橋。ギリギリのプライドが言わせた言葉でした。
男の見得につき合うのは、もうこりごり!でもそんな気持は、体面を傷つけられた次郎左衛門には、届きませんでした。プライドはコントロールが難しく、見得の取り扱いには注意が必要です。