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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第十二回「女子力が築く人間関係」

避けては通れないのが組織の人間関係。しつこいパワハラで、専門外のスキルを強要されたら?上司のえこひいきのために上役に嫉妬されたら?
「鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」は、そんな設定で、奥女中たちの確執を描いた作品。奥女中とは、武家屋敷に住まう妻子や側室の公私にわたる用事を担う、いわば女性公務員です。
女ばかりの世界を舞台に登場するのが、局・岩藤、中老・尾上、腰元・お初。身分も役職も性格も、全く異なるのがポイント。
武家出身の岩藤は威丈高で、底意地の悪い性格。町人出の尾上は、たおやかで真面目。江戸当時は行儀見習いのため、武家に奉公する町人女性も多く、裕福な商人である尾上の父は、お金の力で尾上を中老にしました。そのため岩藤は尾上を軽蔑し、敵対視しています。
若いお初は浪人の娘で、何のコネもなかったため、武家出身ながら、尾上の召使いに。
岩藤と尾上の確執を、いっそう強めているのが、彼女らの上司である、お姫さまのえこひいき。尾上を気に入っていて、岩藤の目の前で、宝物を預けたりします。若さゆえの未熟さで、部下への配慮が足りず、根がおっとりした尾上も、辞退して岩藤に花を持たせる事を思いつきません。
当然岩藤は「自分の方が身分も役職も上なのに」とムカムカ。町人出の尾上が、武芸の心得がないのを見越して、試合をするよう強要。あげくの果てに無実の罪を着せ、満座のなか、草履で殴ります。屈辱に耐えかねた尾上は自害。これも労災と言えるでしょう。
そんな尾上をかばい、大活躍するのがお初の役どころ。尾上を姉のように慕い、まめまめしく仕えるので、尾上も感謝の気持を隠しません。「町人出の自分に仕えるのは嫌ではないのか」とたずねれば、お初は「かえって気兼ねがなくて嬉しい。人は七転び八起きとやら。これも時節です」と、屈託なく答えます。
主従を超えた二人の心の絆も見どころ。一方、自分の立場におごり、お家乗っ取りの野望を抱いた岩藤は、尾上の仇打ちを誓ったお初によって成敗されます。
複雑な職場の人間関係も、立場と時節の冷静な見きわめと、心を許せる同士の絆で成り立っているのかも知れません。