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世渡り歌舞伎講座


文・イラスト/辻和子

第八回「男のスケール 〜衣装と色気〜」

豪傑好みの衣装とは?歌舞伎の豪傑も、さまざまなタイプがありますが、ビロードと「どてら」は、ひとくせある豪傑の注目アイテム。
ビロードはともかく「どてら?」といぶかる人も多いでしょう。豪傑用のそれは、こたつでみかんが似合うものではなく、富豪のガウンのようなイメージ。裾を引くほどボリュームがあるので、どっしりとした貫禄を演出できます。
「どてら姿ナンバーワン」は、なんといっても大泥棒の石川五右衛門。京都南禅寺の山門の上から、京の都を見下ろして「絶景かな絶景かな」とのたまう、有名な台詞でおなじみです。
歌舞伎では、さまざまにアレンジされた五右衛門の芝居がありますが、衣装のお約束は、豪華などてらと、ビロード素材の着物。手に持つのは、みかんではなく、大人の腕ほどもある極太の銀煙管。新作の「石川五右衛門」でも、これらは、しっかり守られています。
通常は、織物素材のどてらを着用しますが、「石川五右衛門」では、海老蔵丈のリクエストで、白絹に龍を手描きしたどてらが特注されました。裏地には古金襴という豪華な織物が使われ、ずっしりと重みがあります。大変贅沢なものですが、制作担当の衣装部さんの弁を借りれば、「衣装の重みは役の重み」。天下を盗んだ大泥棒らしく、役者のスケール感が大切な役柄です。
下に着たビロードの着物も、なかなか傾いた雰囲気で「くせ者」感タップリ。独特の深い光沢は、強さとともに、大人の男性の色気と余裕を感じさせます。歌舞伎の豪傑は、色気も必須です。
ちなみにビロードは、約五百年前にポルトガルから伝わり、洒落者の戦国大名にも愛用されたといいます。天下を手中に収め、満開の京の都を見下ろしている大泥棒にもピッタリ。舞台からせり上がってくる豪華な山門は、単なる門ではなく、中に人が住めるようになっている設定。五右衛門にとっては自分の城なので、まさに一国一城の主です。
銀煙管を手に、ゆうゆうと構えたその姿は、現代ならば摩天楼で、大物トレーダーが、葉巻片手に下界を見下ろしている感じでしょうか。この牛耳り感、「絶景かな」という台詞も、むべなるかな、です。