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文・イラスト/辻和子
第七回「今を生きる力〜状況への処し方〜」
以前「話を聞かない男地図が読めない女」という本が話題になりましたが、男女の特性には確かに違いが。たとえば「今現在をフルに生きる力」は、女性の方が上かも?理由として、未知の場所へ嫁いだり、子供を産み育てたりという、環境の変化への「適応力」が、DNAに組み込まれているせいとも考えられます。
いい例が「仮名手本忠臣蔵」のお軽。歌舞伎界きっての「大河ドラマ的存在」で、この人なくて芝居は回らないほど。
赤穂浪士の仇討ちに取材したこの演目、塩冶判官(史実の浅野内匠頭)が、高師直(吉良上野之介)に斬りつけた理由は、あろう事か「痴情のもつれ」。そのきっかけを作ったのが、お軽なのです。
発端は、師直が判官の奥方に横恋慕して送ったラブレター。奥方のお断りの返事が、よりによって大事な式典の直前に、師直に届けられました。面白くない師直は、折悪しく来合わせた判官をいじめ、逆上した判官は師直に斬りかかります。
実はこれは腰元・お軽が、城を警備中の恋人・勘平に会いたい一心で、奥方の制止を振り切って、手紙の使いに走ったためにおきた悲劇。
社内恋愛は武家のご法度。主家にいられなくなった二人は、お軽の実家に駆け落ちします。新婚旅行気分のお軽と違い、勘平は「色にふけったばっかりに一大事に間に合わなかった」と、終始後悔モード。
対照的にお軽は「おきてしまった事は仕方ない」とばかりに、素早く気持ちをチェンジ。主家への申し訳に死のうとする勘平に「自分のせいでこうなった」と、非を認めた上で「今ここで死んだところで、侍としてほめられない。自分の実家で時節を待ったほうがいい」と、なかなか賢い説得ぶり。ダメ押しに「そのためには自分も内職を厭わない」と、コミュニケーション能力の高さも、女性ならでは。
地方から、自らの意思で都会に就職した活発なお軽ですが、その判断基準は、つねに「現在」。その証には、彼女の母親をして「あんなに田舎を嫌っていたお前が、今は勘平どのさえ一緒なら満足そうだ」と言わしめるほど。
この後、お軽は勘平のために、祇園に身売りします。田舎の少女〜大企業のOL〜主婦〜繁華街のホステスと、状況に応じて身を処する順応性は、その名の通り軽やかです。