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文・イラスト/辻和子
第六回「邪念を排して道を開く」
「マーフィーの成功法則」というものがあります。潜在意識を利用することによって、自分や周囲の人までも、成功と幸福に導くというもので、いわば自己啓発の元祖。その法則とは以下の四つです。
- 建設的に考えること
- 楽しい想像をする習慣
- 自信をもって祈ること
- 行動すること
「吃又」の主人公・浮世又平は一見、この法則から遠い人物。絵師である彼は、生まれついての吃音のために口べた。一方、妻のお徳は、又平をフォローするために立て板に水のおしゃべり。その夫婦愛も見せどころです。夫婦は又平の師匠に、又平が流派の名字をもらえるよう、懇願するという物語です。
又平は、自分の技量にはそれなりの自信を持っていました。若輩の修理之助が、師匠に名字をもらったと聞き、自分も名字が欲しいと必死に頼みます。又平なりに行動をおこしたわけです。
しかし師匠いわく、修理之助は、竹やぶに表れた虎を筆先で消すという功績があったからこそ、名字を授けた。絵で何の功績もない又平に与えるわけにはいかない。
自分の方が年長で「必死にお願いしているから」という理由だけでは通らないのが当然でしょう。「行動」の方向をはき違えています。師匠も内心では又平をかわいがっていますが「まだまだ努力不足」と、厳しい判断をしました。
絶望する又平。絵師といっても、アルバイトで土産物の絵を描く日々で、生活は困窮。障害ゆえの苦労や悔しさも人一倍だったことでしょう。このうえは自害し、その前に自分の生きた唯一の証として、石の手水鉢に自画像を残そうと決意。
そうして奇蹟がおこります。心をこめて全身全霊で描いた自画像は、石の向こうへ突き抜けたのでした。
身の丈を越えた邪念を排し、最後の最後に良い絵を残したいと「建設的に考え」「祈り」「行動した」時に、はじめて道は開かれた。祈るという行為は一見簡単そうですが、真剣でなければ通用しないということなのでしょう。
この功績で又平はめでたく名字を授かり、舞台には喜びが満ちあふれます。歌舞伎には数少ないハッピーエンドです。