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文・イラスト/辻和子
第五回「女子の適応力〜お姫さまから風俗嬢へ〜」
チンピラに入れあげて妊娠した十代の少女が、出産後に失踪、風俗嬢に売られたあげく、同棲中のチンピラを親の仇と知り殺害ー。三面記事の事件ではありません、「桜姫東文章」のストーリーです。
ポイントはこの少女が、良家のお嬢さまであること。ヒロインの桜姫は、ある晩屋敷に忍び込んだチンピラ・権助に暴行されて妊娠してしまいます。しかし姫は、この男にひと目惚れてしまいました。
まさに昼ドラも真っ青の怒濤の展開。出奔した姫は、さすらいの果てに再会した権助の手で女郎に売られた後、長屋で共に暮らし始めます。
驚くのはその「圧倒的な適応力」。女性は男性より、違う環境に馴れやすいとされますが、姫は世間知らずのせいもあってか、風俗業にも男にも染まる染まる。十代という若さの力も大きい。白い布ほど染まりやすいと言えます。
それまでの上品な言葉遣いを、女郎らしく荒っぽい口調にしろと権助に矯正される姫。あっという間に憶えてしまいますが、「てめえ」などというドスのきいた物言いに、昔のお姫さま言葉が混ざるのが見どころ。
作者の鶴屋南北は苦労人で知られますが、作品の随所で今に通じる人間観察の鋭さが光っています。
一方的に姫を恋慕う僧・清玄のキャラにも注目。彼は桜姫と権助のあいだの子供を、姫の身替わりとして育てた後に頓死。幽霊となった後も、しつこく姫につきまといますが、「商売の邪魔になって、ウゼーんだよ」と、女郎姿の姫に悪態をつかれる始末。中身が空っぽな人ほど、他者に依存しやすいという典型ですが、姫も世間にもまれて、たくましくなっています。
一方権助は、姫の稼ぎで懐が豊かになってからは、町の名士きどり。姫はそんな権助に対し、次第に投げやりな態度をとるように。権助が「たまには一緒に寝よう」と誘っても「一人寝の方が気楽だ」と言い放つ。関係性の逆転です。
当初の恋の炎は今いずこ。しかし情熱がずっと続くと生活に支障をきたすため、恋愛感情はいつか褪めるようプログラミングされているという説を、裏づけるかのようでリアリティーがあります。