HOME > 世渡り歌舞伎講座 > 第三回「ダメンズの魅力〜優しさも諸刃の剣〜」
文・イラスト/辻和子
第三回「ダメンズの魅力〜優しさも諸刃の剣〜」
世の中には「ダメンズに惹かれてしまう女性」が存在します。考えるに、ダメ男とは容貌とか才能や性格、目につきやすい部分がダメなわけではなく、良い部分もありながら、根本的な性根に問題あり、というパターンが多い気がします。最初は良い部分に惹かれ、気がつけばダメ男の負の部分を背負っていた、ということではないでしょうか。
歌舞伎の「ダメンズ生息率」は関西の圧勝。モテモテのイケメンながら、ちょっとしたアクシデントや外圧に弱く、事後処理能力が不足しています。
「封印切」の忠兵衛は、お金を預かる飛脚屋の養子。恋人の遊女梅川に、身請け話が持ち上がったのを焦るあまり、公金に手をつけて破滅、最後は梅川と死出の旅に出ます。
この忠兵衛、遊女屋のおかみに言わせると「天井裏のねずみまでチュウチュウ騒ぐ」ほどの人気者。イケメンで優しく人当たりもいい。冗談もうまく、モテるのも当然。だからこそやっかいといえます。
公金に手をつけた理由が、梅川をめぐり、友人に満座の席で「お前に身請けの金などあるわけない」とバカにされたのがきっかけ。直接の動機は自分の見得なのです。
忠兵衛の魅力は「非力美」とでも言うべきもので、町人文化が栄えた関西歌舞伎のお家芸。
「義経千本桜」すし屋の場合は、源氏方に追われる平家の貴公子が、すし屋の手代(社員)弥助となって、かくまわれています。娘のお里と恋仲になりますが、彼はれっきとした妻子のある身でした。
自分を訪ねてきた奥方に、お里との関係を「かくまってもらっている義理があって仕方なかった」とのたまう始末。聞いたお里が「情けないお情けにあずかりました」と嘆くのももっともですが、貴公子の彼には悪気というものがなく「すべてはこの世の因縁」と一人で悟っている。当事者意識が圧倒的に欠けています。
この弥助という役は、柔らかな気品が最大の見どころ。忠兵衛同様、ダメンズであるほど、それを上回るソフトさ優しさが、仕組みとして備わっている。女性にとって「優しさ」は入りやすい入り口ではあるものの、ダメンズの場合には諸刃の剣なのです。