2022年01月09日 <会見レポート!>女性3人の会話劇『truth~姦しき弔いの果て~』堤幸彦監督
堤幸彦監督のインディーズ映画『truth~姦しき弔いの果て~』が全国公開中だ。本作は「精子バンク」をテーマに女の本音を映し出した、俳優3人による会話劇となっている。 今回はこれが50作目となる堤幸彦監督の合同インタビューをレポート!
ある男の葬儀の夜、彼のアトリエで3人の女性が鉢合わせする。全くタイプの違う彼女たちは、それぞれ3年前からその男と同時に付き合っていたことが発覚し―。広山詞葉、福宮あやの、河野知美の3人が、ワンシチュエーションの演技合戦を熱く展開する。
―どのように企画が立ち上がったんですか?
私も含めコロナ禍で映像、舞台などさまざまなショービジネス関係者が今も苦労しています。私は今66歳で、22歳の頃からこの仕事を始めて仕事が途切れることはなかったんですが見事に0になってしまいました。その時に3人の女優から「映像作品を作りたい」と、とてつもない熱量の体当たりを受けました。ちょっと笑えて切なくて、一言では語れない映画にすべきではないかと僕から提案し、一人の男と3人の女が同時に付き合っていて、ミステリーも残る構造にしたいと思いました。
ー個性的な女性たちのキャラクターは狙い通りに?
そうですね。今を生きる女性の側面を3人に散りばめようと思いました。3人を当て書きのように書いた脚本の三浦有為子さんの神通力にも驚きましたが、巧みにキャラ分けされ、ぴったりハマりました。広山詞葉さんが演じたのは狭いエリアの中で自分がNo.1だと思っていて、そう思わないと生きていけない寂しさを抱えた女性。福宮あやのさんはシングルマザーの元ヤンキー役。妊娠中の身で参加してくれました。生命力のある役者ですね。河野知美さんも成り立ちと立ち位置が面白い役。理詰めで物事を追究し、爆発した時が面白い。三人三様の3人と作った映画が偶然にも私の50本目で、今後の作品作りの一里塚になると思います。
―3人の女性に愛される男の役に、佐藤二朗さん。キャスティングは?
資産家、多趣味、絵も達者な男。僕は佐藤二朗しか思い浮かばなかったです。同じ愛知出身で同郷の同志ですが、彼はカリスマ性、イケメンでは醸し出せない神々しさがあります。この作品は諸外国で7つの賞をいただいていて、イギリスの映画祭ではベストコメディー賞。佐藤二朗なんか誰も知らないのに、彼が出てきた瞬間、爆笑が起きたんです。世界に通じる笑える顔なんですかね。本当にキャスティングしてよかった。
ーインディーズ映画をやってみて良かった点は?
誰にも気を遣わず、気兼ねも制限もなく面白おかしくできたこと。製作委員会方式の映画は企業が出資し、その分いろいろチェックが働くんですが、私も自主規制してしまい作品が丸くなっちゃうんです。今回は全くそれを意識せずにやれた。ゲリラ的なモノ作りをしていた僕らのような人間も、長年続けていると口当たりのいいものに走りがちです。眉をひそめるようなもの、過激なもの、仰天するものが創作の原点にあることを忘れていたかもしれない。制限なしに作ることが本来の創作の第一歩。戒めに気づかされました。もう一度自分を初期化する意識を持てて良かったと思います。
ーコロナを経ての発見は?
ショービジネスが完全に閉ざされ、本当にいくつもの作品が消滅や延期になりました。我々の仕事自体が非常時には不要不急だと存在価値を全否定されているような時代で、飲食業などたくさんの方が大変な事態になってしまった。それに対し国家はある程度のセーフティーネットは発動させていると思いますが、実感もありません。でもこんな時だからこそ、インディーズとはいえ世界に評価もされた。「信じて進む」というスローガンをしっかり持ち、コツコツと立ち上がっていくことを彼女たちから教わりましたね。同じような思いをたくさんの作り手が持っていて、これまでとは違うやり方があるんじゃないかと模索しています。表現の経済的基盤も含めた再構築はコロナを経ての学習でした。前に進むための気づきになったと思います。
◎Interview&Text/山口雅
1/7 FRIDAY~
[名古屋・センチュリーシネマ、大阪・シネリーブル梅田他 全国ロードショー]
映画「truth~姦しき弔いの果て~」
■監督・原案/堤幸彦
■出演/広山詞葉 福宮あやの 河野知美 佐藤二朗
■脚本/三浦有為子
■脚本/ラビットハウス
©2021 映画 「truth~姦しき弔いの果て~」パートナーズ
2021年12月23日 <レポート>「関西えんげき大賞」が始動! 制作発表会見をレポート
関西演劇界の活性化を図るため、2022年より関西えんげき大賞が設けられることが発表され、発案者及び呼びかけ人代表である大阪芸術大学短期大学部メディア・芸術学科教授で演劇評論家の九鬼葉子氏をはじめ10名の呼びかけ人が発表会見を開いた(2名はZoom参加)。
関西えんげき大賞とは、関西演劇の年間ベストステージを決める大賞で、第1回開催は2022年1月から12月の舞台が対象、2023年2月に授賞式を開催する。受賞対象作品は関西の劇団及び関西発のプロデュース公演となっている。
選考方法は、評論家、研究者、DJ など関西の演劇をよく観ている8名の選考委員が年間ベスト10作の優秀賞を発表。そして、さきの選考委員を含む約30~40名の投票委員と観客投票の総合点で10作品の中で最も高い作品を最優秀賞とする。また、観客投票の中から「観客投票ベストワン賞」も設ける。
優秀賞には賞状のほか、該当作品の再演支援として協力劇場の使用料減免が副賞として贈られる。なお、観客投票は事前登録で参加可能。登録先は「関西えんげきサイト」となっている。
発表会見では、九鬼氏をはじめ10人の呼びかけ人がそれぞれ関西演劇への思いなどを語った。
企画の趣旨説明をした九鬼氏は、赤裸々な表現を交えながら次のように話した。「なぜ何年もかけて大切に準備されてきた演劇祭が中止に追い込まれないといけないのか、なぜせっかく稽古してきたのに本番も稽古も中止なのか、それも直前に。アーティストやスタッフの方々は、何か悪いことしたか、何もしていないじゃないか。今の地球は理不尽がすぎる。こんちきしょうと思っていました。その怒りが妙なエネルギーに変換されました」と動機を明かし、「関西演劇界を更に活性化させる方法を思い、ふと「関西には『読売演劇大賞』がないと思った瞬間に考えていたことが一瞬で一つの絵になりました」。そして、演劇関係者に広く呼びかけ、多くの賛同者が集った。
2019年より兵庫県に移住し、2020年に豊岡に開場した江原河畔劇場の芸術監督を務める平田オリザ氏は、毎晩のように演劇関係者と集っていた90年代を振り返り、「これからは関西の時代だと言っていたわけですが、大阪は特に市内に公のホールがなくなっていきました。一方、東京では高円寺や三鷹に公的劇場が整備され、プロデュース公演を行うようになり、この20年間で芸術面では大きな差がついてしまったように感じています。2年前に兵庫県に移住し、江原河畔劇場の芸術監督をさせていただき、名実ともに関西の演劇人に加えていただいたと思っておりますので、今回の企画に参加させていただきました。(学長を務める)芸術文化観光専門職大学の授業でも批評論を扱っていますので、演劇批評を担えるような学生が育ってくれたらと思っております」と話した。
「関西えんげきサイト」の編集長・石原卓氏は「80年代にぴあ編集部におりまして、九鬼さんは大先輩になります。私は編集プロダクションや Web プロデュースをやっておりますので、できることはどんどん力になろうと、今回、呼びかけ人と「関西えんげきサイト」の責任者を務めさせていただくことになりました」とあいさつした。
「関西えんげきサイト」は関西の演劇情報を網羅的に発信するほか、編集部独自でアーティストやクリエイターなどにインタビューし、企画や読み物の充実も図る。劇評も掲載し、アーカイブすることで、観客が過去に見た作品について検証や考察ができるようにするという。
続いてTHEATRE E9 KYOTO芸術監督のあごうさとし氏は「常々、演劇作品の再演機会の環境整備に悩んでおりました。私たちは小さな劇場ではありますが、演劇作品をなるべく多くの人に、複数回にわたって伝えられる環境づくりに協力できたらと思い、参加させていただいております。いろんな言論、劇評の世界についても、一歩ずつ育まれるように何かできることがあればご協力していきたいと思っております」とコメントした。
近畿大学の舞台芸術専攻准教授で演劇研究者の梅山いつき氏は、1960年代の小劇場演劇第1世代、アングラ演劇と総称される演劇が専門だ。「6年前に近畿大学に赴任し、それを機に特に大阪を中心にした小劇場演劇をよく観るようになりました。そこで東京と比較すると数としては少ないけれども、密度の濃い作品が多いという印象を抱きました。一方で、関西での小劇場演劇が全体としてどういう動きがあるのか、その全体像がなかなか見えてこないと。「関西えんげき大賞」の話を聞き、関西を中心とする劇場演劇、そして演劇界全体を盛り上げる大きな仕掛けになるのではないか感じました」と期待を寄せた。
また、劇評を発表している「関西えんげきサイト」についても、「批評を伴う企画も重要なポイントだと感じています。歴史を振り返ると、何か新しい表現活動が生まれたり、新しい動きがあるときは、必ず活字が寄り添います。表現活動のそばには活発に論じる批評家がいて、言葉が伴い、それが一種の美術運動やムーブメントに発展していくということがあります。そういった意味でも、「関西えんげき大賞」と「関西えんげきサイト」の開設は関西の演劇界に大きなムーブメントを生み出す起爆剤になるのではないかと感じています」と劇評の重要性も語った。
大阪大学招へい研究員で演劇研究者の岡田蕗子氏は「私は研究者の側面もありますが、エイチエムピー・シアターカンパニーという劇場に19歳の時から所属し、劇場の裏方を担当してきました。今回、「関西えんげき大賞」でお声がけをいただいた時に思ったことは、今まで十数年間、 関西の演劇界で育てていただき、劇場からいろんなことを考えるチャンスを与えてもらっていたことでした。劇場を通じてジェンダーや移民、様々な事を学んできました。そもそもインド哲学という全く違う分野を研究していた学生の私が、演劇学を専門にしようと思ったきっかけは「劇場通して視点が変わる」という非常に個人的な感動があったからでした」と劇場が果たす機能についても言及した。
岡田氏も「関西えんげきサイト」に劇評を発表している。劇評についても「一つの観劇体験を誰かと共有することで、いろいろなことを考えることがなによりも大事だろうと。そのことで自分の世界が少し変わるのではないかとややロマンチックなことを考えますが、そういったこともコロナ禍が広がり、やや停滞した心を少し明るくするために大事なことだと思っております」と続けた。
俳優で「大阪女優の会」副代表の金子順子氏は「演劇ほど自由で闊達な文化はありません。とにかく演劇を元気にして、たくさんの人に演劇を知ってほしい。劇場体験を知ってほしいと思っています。ぜひ皆さん、劇場にお越しください」といざなった。
FM COCOLOのDJ、加美幸伸氏は「演劇と絶妙な関係性を作るため、年間100本以上の演劇に触れるようにしています。そんななか、メディアが演劇と出会う機会や導きを準備すると、好奇心旺盛なリスナーはちゃんと意見をくれるということが分かりました。メディアと観客とが手を取り合ってつながりあうこと。こういった賞やサイトが生まれることで、豊かな演劇シーンにつながっていくのではないかと常日頃から思っております。大変期待しています」と声に力を込めた。
一心寺シアター倶楽館長の髙口真吾氏は「今回、九鬼さんからお話をいただいて私も発起人の一人として参加させていただきました。今日の発表に至るまでの経緯を1年前から目撃しておりますが、その中でも思うのは、九鬼さんは本当に演劇に愛のある人だということです。お客様には演劇で盛り上がっていきたいという素直な気持ちをお伝えして、その一連の中に「関西えんげき大賞」や」「関西えんげきサイト」があるのだと示して、微力ながら協力できればいいなと思っています」と思いを語った。
大阪大学の演劇学研究室教授で演劇学者の永田靖氏は「私は演劇の教育と研究に携わっているのですが、演劇作品の上演があってこそできることです。関西演劇の一層の活性化を期待しています。演劇を観ることに加え、大事なのは上演後にそれを継続的に議論するということです。日本の演劇全般に決定的にないのは、上演後の議論です。「関西えんげきサイト」でもいろんな試みをされています。微力ながらご協力させていただければ幸せです」と語った。
関西演劇の魅力を尋ねられた九鬼氏はこう答えた。「不屈の精神です。関西演劇と40年、付き合っていますが、くじけずに立ち上がってきた歴史です。東京では区立の劇場が立派で、国立の劇場とそん色ありません。一方、大阪は市立の劇場がなくなり、稽古場もなくなっている。そんな環境下でも次々と新しい劇団が生まれ、ベテランの劇団も活動を続けています。関西には社会に対して真面目に、照れずに、ストレートな批評性があります。それは中央の視点ではなく、関西の生活言語で、生活者の視点で普通の人々が主人公になっている。そして、創意工夫。お金をふんだんに使った舞台は豪華だなとワクワクしますが、お金がないと知恵で勝負します。私たちの生活と一緒ですね。低予算でよくこれだけ観客の想像力を喚起する工夫をしたなと、その知恵にも感動しています」。
関西演劇界の活性化をはかるためスタートした「関西えんげき大賞」。「関西えんげきサイト」では随時、情報や劇評、企画を更新する。
関西えんげきサイト
https://k-engeki.net/
2021年12月13日 <インタビュー>加藤和樹、デビュー15周年のメモリアルイヤーに開いた新境地とは
2006年4月26日にミニアルバム「Rough Diamond」でCDデビューし、2021年でアーティストデビュー15周年を迎えた加藤和樹。音楽活動を続ける一方で、数々の舞台作品に出演。いまやグランドミュージカルはもとより、ストレートプレイなど演劇シーンには欠かせない、頼もしい存在だ。12月8日から幕を開けたミュージカル「フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~」では、小野田龍之介とのWキャストでトキ役に挑んでいる。
9月にはデビューからこれまでの15年の軌跡を盛り込んだ2枚組の15周年記念アルバム「K.KベストセラーズⅡ」をリリース。「フィスト・オブ・ノーススター」の公演合間に自身のリリースツアーを実施するなど、相も変わらず驚異のスケジュールで舞台に立つ。2021年は嬉しいニュースも届き、ますます脂が乗ってきた加藤和樹。改めて歌への思いを聞いた。
――15周年という節目に、菊田一夫演劇賞を受賞されました。おめでとうございます。
マネージャーから電話があって、「情報解禁まで誰にも言わないように」ということで真面目に誰にも言わずにいました。発表後も自分からは言いませんでしたが、「おめでとう」とご連絡くださった方には返信しました。第一報は言っちゃいけないと思ってたから、発表になるまでは親にも言いませんでした(笑)。
――そうなんですね。実感がわいたのはどのタイミングでしたか?
受賞の連絡をいただいたときにも「ああ、(賞を)いただいたんだな」という思いはちょっとあったんですけど、本格的にわいたのは授賞式でした。
――7月には俳優の上口耕平さんを招き、アーティストデビュー15周年ライブ第1弾「Kazuki Kato KK-station 2021~Bravo!!~」が開催されました。
耕平とはミュージカルや舞台で共演していましたけど、一緒に歌う機会がなかなかありませんでした。一度、僕の番組に出ていただいて、がっつりではありませんでしたが、彼と歌えてすごく楽しかったので、いつかゲストにも来てもらえたらなって思っていたところ、オファーを受けてくださいました。ただ、ゲストのわりに歌う楽曲が多くて、耕平には負担をかけちゃったんですけど…(笑)。でも耕平も「こんなこと初めてだから」って楽しんでやってくれたので、本当、感謝しかないです。
――久しぶりの有観客ライブでもありましたね。お客様の前で歌うことに対して、改めて思われることはありますか?
ミュージカルもそうですけど、そこにいてくださることのありがたみですね。一度、無観客で配信ライブをやらせていただいたときに思ったのですが、やはり届ける先がカメラの向こうなので、目の前にいない寂しさがどうしてもぬぐえないんですよね。だから、実際に目の前にいるっていうだけで自然と笑みが出て、存在のありがたみは大きいなと思いましたね。
――9月にリリースされた2枚組アルバム「K.KベストセラーズⅡ」ですが、こちらのレコーディングは一発録りだったそうですね。ライブと比べてプレッシャーや緊張感はいかがでしたか?
もう比べものにならないくらい緊張しました。僕だけじゃなくて、一緒に演奏してくれるバンド、ドラスティックスのメンバーもそうだと思います。言っても僕は歌うだけですが、みんなは演奏なので、ミスタッチとかすごく気になっちゃう。そこでのプレッシャーはすごくあったみたいです。レコーディングも最初は和気あいあいとしていたんですけど、途中からみんな口数が少なくなって(笑)。でもライブ感がすごくありましたし、いつもレコーディングは一人で歌を吹き込むので、一体感をすごく感じましたね。
――この15年、歌を通して見つめ直すと、どのように思いますか。
……若かったなって(笑)。歌声ももちろん若いですし、考え方も含めて。…でも、なんかがむしゃらだったなって思います。そういうものって経験を積めば積むほどなくなっていくけど、必死だったんだなって思います。
――過去に作詞された作品で、今の自分に語りかけているような楽曲はありますか?
作詞するときはいつも自分自身に向けて書いているので、ある意味では自分へのメッセージソングでもあるんですよね。「Chain Of Love」を書いたときは「人とのつながりとか、人との関係性をすごく大切にするようになったんだな、自分…」って思ったり。自分がそうありたいという願望もあったんでしょうね。「ひとりじゃない」もそうです。自分はいつも一人だなって思っても、気が付いたら周りに支えてくれる人たちがいました。
――カバー曲も5曲、収録されています。どのような選曲理由だったのでしょう?
メッセージ性のある曲ということと、僕自身が歌いたいと思った楽曲です。あと、ピアノアレンジを効かせられる曲。自分の歌の力だけではまだ無理なので、まだまだ課題は山積みですが…。ミュージカルでいうと、オーケストラと呼吸を合わせるというか、自分が引っ張るのか、オケが引っ張るのかというバランスが大事で。ピアノだけとか、楽器と1対1になるとそこも見えやすくなるかなと思いきや、どっちかが遠慮するとか、譲りあうことも出てきて、タイミングの合わせ方は数をやらないとわからないなって思いました。ピアノライブで共演するフッキー(吹野クワガタ)は「KK-station」でもやってくれているけど、本当に二人の呼吸って大事だなって思います。
――カバー曲を歌う時に、ご自身の楽曲にはないご苦労はありますか?
僕はできるだけ原曲どおりに歌いたい人なんですけども、そうするとカラオケになってしまうので、それを避けたいというのはあります。なるべく原曲が持っている力を大事にしたいので、中西保志さんの「最後の雨」は結構、歌いまわしが大変でした。いかに自分のものとして歌うのかという難しさもあるので、「最後の雨」は苦労しましたね。でも、歌う人の声が違えば聴こえ方も違ってくるのが不思議で。それは「KK-station 2021~Bravo!!~」で耕平が僕の楽曲を歌ってくれて感じました。今まで自分の楽曲を誰かが歌うということがほとんどなかったので、「あ、こんなふうに聴こえるんだ!」って嬉しくなっちゃって。「いろんな人にも歌ってもらいたいな~」って、そんなことばっかり考えてます(笑)。
――収穫はたくさんありましたね。
ありましたね。そういうアプローチの仕方があるんだっていう。多分、大事にしている言葉が違ったり、お互いに持っている癖だったり、音への当て方が違ったりとか。その違いからいろんなことがわかりました。
――加藤さんの軌跡が詳細に綴られているアーティストデビュー15周年メモリアルフォトブック「K」(東京ニュース通信社)では、ハードな時代を振り返る場面で「逃げ道さえもわからなかった」とのご発言もありましたが、加藤さんに「それでもこの世界で生きていこう」と思わせたものは何だったのでしょう。
何でしょう……端的に言うと意地だと思うんですよね。誰かに言われたことが悔しいのではなくて、それができない自分が悔しかったので、自分自身に対する怒りしかないんですよね、いつも。誰かに言われたことよりも、それに応えられない自分が悔しい。それは芝居も歌もですけど。こんな自分のままでは終われないという意地がありますね。
――この15年、自分に対する意地を抱えながらサバイブしてこられて。今、歌うことに対して心境の変化はありますか?
10周年とか、それくらいでしたかね――これはミュージカルをやったのもあると思うんですけど、歌うことに対して「うまく歌わなきゃ」と思う瞬間がすごくあったんです。単純にもっと歌のスキルを上げなきゃという気持ちがすごく強い時期があって。自分の歌にはいつまでたっても自信が持てないので。そういう意味では、ミュージカルをやり始める前くらいから、歌に対するアプローチとか、届け方は変わってきました。今までは「歌を歌う、歌を届ける」というイメージでしたが、「言葉を届ける」という意識に変わってきました。
――そんな加藤さんの変化に、ファンの方のリアクションも変わりましたか?
どうなんでしょうね…(笑)。でも、笑顔になったような気がします。みんな、すごく感受性が豊かだから、楽曲によっては涙を流したり、笑ってくれたり、それこそ汗かいて「わ~!」って盛り上がってくれたり。そういうふうに応じてくれるのは、こっちの伝え方次第だと思うので、そこは意識するようにはなりましたね。
――加藤さんの歌は、ここ1、2年で急激に変わったような気がします。声と体がぴったりマッチングしたような。加藤さんに一体何が起こったのだろうとずっと思っていました。
まあ変わらず、発声とかトレーニングとか、次に作品があればそこで違う自分を見せないとって常に思っているので。役が違うと届け方が変わるのは当然なんですけど、それでも毎回、成長したと言われるのはすごく嬉しいし、そうでありたいと思っているので…。うん。響き方が変わってきたというのは、今まで使い切れていなかったことがたくさんあって、それをようやく自分のものにできてきたからかもしれないですね。でもまだ完全ではないと思うし、まだまだ自分は成長できると思うし…。その気持ちが大事なのかなと思います。
――声って時間かかるものなんですね。
いや~、そうだと思います。それは身をもって感じました。再演をやらせていただくと如実に感じるんですよね。初演では出なかったが音が出せるようになったとわかるので、自分でも。そうすると、もっとこういうアプローチもできるよなって思うんですよね。特にミュージカル『フランケンシュタイン』は、初演の時は本当にきつかったですけど、再演ではギリギリになることはほとんどなくなってましたね。本当、頑張って(声を)出しているって感じがあったんですけど、その感じが最近はなくなりました。
――そういう、頑張って出さなくなったというある種の余裕が受け手に届いているのかもしれないですね。
絶対そうだと思います。思い返せばいつも不安との戦いだったので。どの作品でも苦手な音があったので。最近はそこへの恐怖感、「ここが当たらないだろうな」っていう不安はあんまりないので…。だからのびのび歌えるし、それが自信につながるんでしょうね。もともと男の声帯は30歳からって言われていたので。30代から40ぐらいが一番成長するって。それを自分が体現できていることがすごくうれしいです。
――年齢を重ねて自分はどう変わっていくのだろうという期待感もありますか?
あります! これまた40歳から声が変わるというので、届け方、伝え方も変わってきますよね。歌える楽曲も変わってくるので、それも楽しみです。
取材・文/Iwamoto.K
<配信Live info>
Kazuki Kato Piano Live Tour 2021 ※配信チケット
2021/12/19(日)
■会場/心斎橋 JANUS
■時間/【第一部】13:00 ※第二部の配信なし
■料金(税込)/配信チケット 視聴券\4,000
・ライブ配信開始:2021/12/19(日)13:00
・アーカイブ配信:2021/12/26(日)23:59まで
・配信プラットホーム: PIA LIVE STREAM
視聴券発売日:2021/12/10(金)19:00~12/26(火)21:00
https://w.pia.jp/t/kazukikato-pls/
<Live info>
Kazuki Kato Live "GIG" Tour 2021-REbirth-
2021/12/16(木)
■会場/心斎橋 BIG CAT
■開演/18:00
■料金(税込)/全席自由 7,700円
Piano Live Tour 2021
2021/12/19(日)
■会場/心斎橋 JANUS
■開演/【第一部】13:00【第二部】16:30
※予定枚数終了。
■お問合せ/サウンドクリエーターTEL.06-6357-4400
http://www.sound-c.co.jp
「K.KベストセラーズⅡ」
●初回限定盤 TECI-1736 定価(税込):¥6,500
アルバムCD(2枚組)+60Pフォトブック
●通常盤 TECI-1738 定価(税込):¥4,500
アルバムCD(2枚組)
オフィシャルサイト http://www.katokazuki.com/
2021年11月12日 <内覧会レポート!>細野晴臣デビュー50周年記念展「細野観光1969-2021」大阪展開催!
日本音楽界の至宝・細野晴臣は2019年に音楽活動開始から50周年を迎え、それをきっかけに改めて国内外の評価が高まっている。過去作品のアナログ化やリイシューも大々的に行われ、同年には念願のUSツアーを行い大成功を収めた。そして、彼の音楽活動の軌跡を辿る展覧会「細野観光」も東京で開催され、大好評を博した。その「細野観光」が本日11/12(金)より大阪市のグランフロント大阪 北館 ナレッジキャピタル イベントラボにて再び開催となった。細野は開催に先立ち行われた内覧会に、イベントのアンバサダーを務めるタレント、ゆりやんレトリィバァとともに出席した。
この展覧会は、細野晴臣がデビューした1969年から50数年の軌跡を、「憧憬の音楽」、「楽園の音楽」、「東京の音楽」、「彼岸の音楽」、「記憶の音楽」という5つの年代から巡るビジュアル年表を中心に、音楽、写真、映像、ギター・世界各地の楽器コレクション、音楽ノート、ブックコレクション(細野文庫)などを通じて、来場者が体験する展覧会となっている。会場が一方通行ではなく円形にレイアウトされているため、5つのテーマの展示を自由に観て回ることができるのも嬉しい。アンバサダーのゆりやんとは、2017年の大阪公演にゲストで呼んだのがきっかけで親交が生まれたという。お笑い大好きな細野らしい繋がりだ。自身のコレクションについては「自分の脳内をさらけ出しているようで恥ずかしい」という通り、子供の頃に集めていたマッチ箱やノートに始まり、使用楽器もギターやベースに留まらず民族楽器までに及ぶ。それらから多様な音楽性を窺い知ることができる。
また、USツアーの様子を収めたライヴ・ドキュメンタリー映画「SAYONARA AMERICA」も同日に上映が始まった。映画タイトルの「SAYONARA AMERICA」を、はっぴいえんどの1973年に発売されたラストアルバム『HAPPY END』の収録曲「さよならアメリカ さよならニッポン」から名付けていることについて細野は「はっぴいえんどで初めてアメリカに渡って録音したアルバムがこの『HAPPY END』。そのレコーディングの時にヴァン・ダイク・パークスがやって来てこの曲を作るのを手伝ってくれたんです。それ以来の付き合いで、この映画のコンサートにも来てもらいました。それではっぴいえんどのことを思い出しました。最後に作った曲でもあるんです。”音楽はアメリカの音楽、言葉は日本語”ということで、アメリカでは音楽は分かるけど言葉が分からないと、片や日本では言葉は分かるけど音楽が分からないなんて言われたんです。僕たちは一体どこへ行けばいいんだろう、というのがその時の心境。自分たちの居場所を見つけようとしたけどどこにもないなと。でも、今もその心境は変わらないんです。それを思い出したんです。このコロナ禍でまたアメリカが遠い国になってしまったこともあるし、色んな意味や気持ちを込めています。」と、今の自身の気持ちも交えて語ってくれた。
多様な音楽性を携えて彷徨い歩き続ける細野晴臣。展覧会「細野観光」と映画「SAYONARA AMERICA」を体験して、その片鱗を感じ取って欲しい。
<展覧会情報>
◎12/07(火)まで開催中
細野晴臣デビュー50周年記念展
「細野観光1969-2021」
■会場/大阪市・グランフロント大阪北館ナレジキャピタル EVENT lab.
■時間/10:00~20:00
■料金(税込)/一般 ¥1,500、高校生・専門学校生・大学生・シニア(65歳以上) ¥1,000、中学生 ¥500 ※小学生以下無料
[グッズ付きチケット]
チケットケース付き ¥1700
「細野観光」特製トートバック付き ¥2500
図録『細野観光1969-2021』増補版付き ¥5000
図録『細野観光1969-2021』増補版+特製トートバック付き ¥6000
SPECIALチケット(チケットケース+図録『細野観光1969-2021』増補版+特製トートバック) ¥6200
■お問合せ/キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~16:00/日曜・祝日は休日)
■主催/「細野観光 1969-2021」実行委員会(朝日新聞社、キョードーグループ、乃村工藝社、LIVE FORWARD) ■後援/ FM802/FMCOCOLO
■展覧会詳細:https://hosonokanko.jp
2021年10月15日 <会見レポート!> 園子温監督ハリウッド進出第1弾作品「プリズナーズ・オブ・ゴースト・ランド」
『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』など、奇想天外な展開の作品を撮り続けてきた園子温監督。そんな園監督がついにハリウッドに進出した。この映画「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」はニコラス・ケイジを主演に、時代劇やマカロニ・ウェスタンの要素をふんだんに盛り込んだ色彩豊かな作品に仕上がった。今回は園監督への会見の様子をQ&Aでレポートする。
Q:アメリカから送られてきた脚本を最初に読んだ時の印象は?
園子温監督(以下、園監督)「最初に読んだ時は、面白いというか、製作費がめちゃくちゃかかりそうな内容だなと思いました。でも最初から何でもいいから受けようと思ってたんです。僕は、『愛のむきだし』の映画を作る前から、15年間くらいアメリカに対してプロモーションを仕掛けてました。ハリウッドに出向いて、その筋の関係者に「ハリウッド映画を撮らしてくれ!」と、いろんな会社に掛け合ってたんです。なかなかうまくいかず、トライ&エラーを繰り返してるうちに時間がかかってしまいました。ラブロマンスからアクションからホラーまで、いろんな企画を立ち上げ、うまくいきそうなものもあったけど、結局映画化まではいかなかったんです。この脚本が3年前に送られてきた時、早くハリウッドデビューしたいという想いが強かったので、読む前から基本OKだったんです。何が何でもOKというところから出発した映画です」
Q:プロデューサーからの制約、リクエストはあったのですか?
園監督「プロデューサーからの要望はそんなにたくさんなかったです。クランクインまでに自分なりの色も出せると思っていたし、脚色してリライトも可能だと思ってました。案の上、紆余曲折ありまして、元々の脚本から75%くらいはオリジナルな脚本に仕上げることができました。例えば、坂口拓が演じたキャラクターは、元々の脚本にはなかったんですけど、僕が付け加えたり、いろいろな要素を足し引きしながら変化させていきました。ある程度の許容がプロデュサーにあったので助かりました」
Q:ハリウッド映画でも園イズムをバンバン感じました!
園監督「若い頃にハリウッドデビューしていれば、憧れのハリウッドでもあったし、優等生を目指したかもしれないんですけど、僕もキャリアを重ねながら変化してきたんです。『スカーフェイス』のアル・パチーノみたいに『ハリウッドで成り上がるぜ!』みたいなノリも昔はあったんですけど、そいいうものが全部削ぎ落とされて今に至るので、結局は15年かけてハリウッドデビューと言っても、やってることはいつもといっしょだったんです。あんまり、気取りもせず、馴染もうともせず、僕のいつもの映画の延長線上にある作品に仕上がったと思います」
Q:ニコラス・ケイジさんの役者として魅力は?
園監督「映画プロジェクトがスタートして、1年ぐらいしてからニコラス・ケイジが主演に決まったんですが、なぜニコラス・ケイジなのか?僕自身も謎でした。そんなタイミングでニコラスが来日し、東京で会うことになったんです。その時にニコラスから『前から園監督のファンで『アンチ・ポルノ』を観た時に号泣し、『ノリコの食卓』を観た時は本当に感動した』と言ってくれたんです。すごいマニアックな意見だなと思って、この男は信用できるって思いました。彼は、現場では22歳ぐらいの若手俳優ぐらいに謙虚で、日本でもこんなに謙虚な俳優はあんまり見たことないです。最初に会った時も、1人でぶらっと来て、安い居酒屋で「安いね!」って言いながら飲んでましたから。現場でもスター然とすることなく、ごく普通に監督に言われた通り演じてくれる従順な役者さんでした。とてもやりやすかったです」
Q:ヒロインのソフィア・ブテラさんのアクションも良かったです!
園監督「彼女のキャスティングも謎だったんですけど、あとから聞いたら、直前までギャスパー・ノエの『CLIMAX』に出演していたらしく、その現場に台本が 届いて相談したら、ギャスパー・ノエから『園子温監督の作品なら出演した方がいいだろ!』っ言ってくれたらしく、その一声で出演を承諾したそうです。彼女のアクションは素晴らしかったですね!拓も驚いてました。キレが全然違って、キックの足もすごい上がって、見た目も迫力も満点でした。ソフィアはすごく情熱的な女優です。生まれ育ったアルジェリアでダンサーをやっていたから、女優というより、しなやかで強さがあり、彼女の人生が垣間見える生命力を感じさせてくれるカッコいい女性でした。本当、ギャスパー・ノエに感謝です」
Q:今後のハリウッド作品の予定は?
園監督「次からはアメリカで撮りますよ!来年には2作目、3作目を予定しています。僕にとっては、次からオリジナル脚本で撮れるというのが一番大きいですね。ここからが勝負!ハリウッドでは新人なので、ここから僕が上がっていかなきゃいけないんです。今後はハリウッド映画のフィールドで頑張りますが、愛知のことも忘れず頑張りたいと思っています。応援よろしくお願いします」
◎Interview&Text/川本朗(リパブリック)
10/8 FRIDAY〜【名古屋・伏見ミリオン座 他全国ロードショー】
映画「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」
■監督:園子温
■脚本:アロン・ヘンドリー レザ・シクソ・サファイ
■出演:ニコラス・ケイジ ソフィア・ブテラ ビル・モーズリー ニック・カサヴェテス
■音楽:ジョセフ・トラパニーズ
■配給:ビターズ・エンド