愛知県芸術劇場の芸術監督である勅使川原三郎が、9月に控える再演と新作、ふたつのダンス公演の記者会見を行った。会見には、ダンサーとして、また近年は振付家やアーティスティック・コラボレーターとしても勅使川原を支える佐東利穂子も参加。昨年の夏に好評を博した「風の又三郎」については再演の経緯や狙いなどを、「ダンス・コンサート」シリーズの最新作にあたる「ライヴミュージック&ダンス 天上の庭」については着想点や、世界的チェロ奏者ヨナタン・ローゼマンとの初共演に向けた心境などを聞かせてくれた。
ダンス「風の又三郎」は地元・愛知のバレエ関係者との連携を図り、東海圏ゆかりの若手ダンサーを対象にオーディション・ワークショップを実施。2021年の夏休み期間にファミリー・プログラムの一つとして初演された。宮沢賢治の同名文学を題材にしたそのステージは、身体、音、光、舞台美術などが巧みに絡んだ美しい画の連続で観客を魅了。子どもと大人が分かち合える稀有な時間を生み出した。今年は9月3日(土)・4日(日)に公演。
【勅使川原三郎】
「風の又三郎」はすぐに再演の話が出たくらい成果が素晴らしかった。他の都市や外国にも持っていける作品です。ファミリー・プログラムだからと言って子どもに合わせることはせず、大人も子どもも共有すべきは何かと考えました。原作に描かれた出会いや戸惑い、喜び、発見、あるいは季節の変化と人生の転換期……、それらは誰もが感じ得ることですよね。再演にあたって、前回からのメンバーは1年で大きく成長したでしょうし、新しいメンバーは新しい風を吹き込んでくれるでしょう。大事なのは、愛知県芸術劇場が成長の場となることであり、地元の人がいかに参加できて、芸術を活性化できるのかということ。ダンサーたちとは「愛知でつくる作品」という誇りを共有しています。
【佐東利穂子】
「風の又三郎」は、あらためて名作だと思います。(舞台上に流れるナレーションとして原作の一部を)朗読していると、読むのが面白くて、なおさら生き生きとしていくのを感じます。目に見えているものだけでなく、まさに風、リズムが運ばれてくる。そしてある瞬間、子どもの頃に感じた淋しさや不安が深く感じられるのです。ダンスとの構成も合っているので、踊り続けていくことで作品を大きく豊かにしていけたらいいなと考えています。

風の又三郎初演風景(C)Naoshi Hatori
続いて16日(金)・17日(土)に発表される新作「天上の庭」には、勅使川原も出演。佐東とともに、フィンランドの若き俊英ローゼマンのチェロとじっくり向き合う。曲目はCMでもよく耳にするJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」、カサド「無伴奏チェロ組曲」という二つの組曲からの楽章に加え、コダーイ「無伴奏チェロ・ソナタ Op.8」。特にストーリーはなく、音楽とダンスから成る純度の高いパフォーミングアーツだ。
【勅使川原】
「天上」とは地上に対する言葉として、浮世から離れた世界を指しています。現在の難しい社会情勢の中で、私自身、日常の煩わしい話に飽き飽きしていて、物事が純粋にそのままあったらいいなという想いがあります。文学的なメッセージは一切なく、純粋に音楽とダンスで何ができるか追求したい。庭で遊ぶような、戯れるような、遊戯性をもった作品になると思います。ローゼマンは若手のほうですが、その人間性が表れたような穏やかな演奏には高い音楽性を感じます。私と佐東とローゼンマン、三人三様のあり方や音楽性がどう調和するか。チェロの音色は楽器の中でも人間の声に近いと言われ、形も近いので、もうひとり人間がいるような気もするんですね。大地と密接で、身体の奥底から響いてきて空間に広がる感覚。人間の身体と、より近いのは確かです。
【佐東】
ローゼマンとは初めてのコラボレーションですが、プログラムを考えている最中にリハーサルの機会を設けられたのは良かったと思っています。好き嫌いではなく、この三人ならば何があり得るか、ニュートラルに話ができましたから。彼の音楽を身体で感じている、全身で聞いているという感覚を得られたのも面白かったですね。生のチェロの演奏、チェロの曲だけで踊るのは初めてなので、今とても楽しみです。
なお、会見当日の朝にはローゼマンから佐東にメールが届いたそうで、「ここ数カ月、お二人に会う光栄を授かり、とても多くのインスピレーションを受けています。勅使川原さんの芸術に対する考えは啓示的で、私自身の考えも活気づき、ユニークで特別なものを創りたいという気持ちが増しています。このような想いは初めて」とコメント。刺激的な現場を共にして意欲を燃やしている様子がうかがえ、ますます期待が膨らんだ。
◎Interview&Text/小島祐未子
9/3 SATURDAY・9/4 SUNDAY
ダンス「風の又三郎」
愛知県芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎 演出・振付
【チケット発売中】
■会場/愛知県芸術劇場大ホール
■開演/9月3日(土)・4日(日)15:00
■料金(税込)/全席指定 S席 ¥4,000(U25 ¥2,000・中学生以下 ¥1,000) A席 ¥3,000(U25 ¥2,000・中学生以下 ¥1,000)
※3歳以下入場不可。
9/16 FRIDAY・9/17 SATURDAY
勅使川原三郎 ライヴミュージック&ダンス「天上の庭」
【チケット発売中】
■会場/愛知県芸術劇場コンサートホール
■開演/9月16日(金)19:00、17日(土)16:00
■料金(税込)/全席指定 S席 ¥7,000(U25 ¥3,500) A席 ¥5,000(U25 ¥2,500)
※未就学児入場不可。
■お問合せ/愛知県芸術劇場 TEL052-211-7552
これまで、ドラマ版「ワンダーウォール」、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」、連続テレビ小説「なつぞら」などに出演し、俳優としてキャリアを積んできた須藤蓮。そんな彼が主演・初監督を務め、脚本家の渡辺あやとの共同企画で誕生した自主制作映画が『逆光』だ。1970年代の広島・尾道を舞台に、2人の青年の情愛を繊細な心模様で描く文学的かつ官能的な青春映画だ。

須藤蓮監督に映画化の経緯を尋ねると「脚本の渡辺あやさんと『ワンダーウォール』という作品で知り合いました。とても尊敬できる方で、彼女と仕事したいという気持ちが湧き上がってきたんです。そんな頃、コロナ禍になり、『ワンダーウォール 劇場版』のイベントプロモーションも出来なくなり、撮影現場もストップしと、自分自身が八方塞がりになってしまいました。これから、どうしたらいいか考えている時に『そうだ!渡辺あやさんと仕事したい!』と再び思い始めました。それで、彼女に企画というか脚本みたいなモノを提示し、それをコテンパンにダメ出しされ、というやりとりを何回かしてみたんです。それで気づいたのが、自分の脚本は良くないということ。いい脚本をかける人は、渡辺あやさんしか知らないし、一緒に仕事をするには、自分が出る作品を渡辺あやさんに書いてもらって、それを誰かに撮ってもらうということでした。そこから、企画がスタートして脚本が出来たのですが、撮ってくれる人がいない。自分自身としては、監督やるなんて今までの人生で1度も思ったことなんてなかったし、そんな自分が『撮る!』っていい出せるわけはなく、企画がストップ。そしたら渡辺あやさんが『君が撮れば?』って言ってくれたんです。そこから主演・監督という形で『逆光』がスタートしていきました」と、見た目のクールさとは裏腹に、思い立ったら猪突猛進な性格を披露する。

須藤蓮
この作品は、コロナ禍の尾道で、脚本の渡辺あやと監督・主演の須藤蓮が互いの持続化給付金を持ち寄って作った完全自主制作映画。尾道でのロケのエピソードを須藤監督に尋ねると「初めて尾道に行ったのは、『ワンダーウォール 劇場版』で尾道映画祭に参加した時です。まさか自分がここで映画を撮るとは思っていませんでした。いざ映画を撮ることになった時には、とにかく自分の足で全て見て回ろうと思ってカメラマンと2人で、2週間1日14時間くらい毎日とにかく歩きました。ずっと歩き回ってたら、『映画を撮るために歩いている須藤という男がいる!』って噂が尾道で流れたようで、そうしているうちに、『手伝いますよ!』って言ってくれる人が1人ずつ現れて、協力してくれそうな方々のコネクションを持つことができたんです。ただ、歩いていても室内のロケーションって見つからないじゃないですか?その致命的なミスに途中で気づき、室内のロケ場所探しに苦労しました。自分の足だけでは解決できないこともあるし、人の力を借りるってことの偉大さに気づきました。ロケハンでは、絶対ここだと思ったら絶対に口説く!『こういう映画をやるんです、とにかく面白い脚本があって、若い人たちがとにかく面白いこと仕掛けてるんです!僕本気なんです、良かったら貸してください!お金は無いです』と、本当にこの説得作業をひたすら繰り返して、尾道の方に力貸してもらって、街と一緒に切り開いていくっていう感じでした。コツとかではなく、本気かどうかでした」と、ここでも熱い一面を披露。

渡辺あや
映画『逆光』は、広島県尾道市で撮影し、まずは尾道市から上映をスタートさせた。通常の「東京から地方へ」と逆行する「地方から東京へ」という、従来とは全く逆の配給展開を実践し、須藤監督が上映期間、その地方に住み込み、現地でプロモーションをするといいう新たな映画配給の可能性に挑戦している。なぜこのスタイルを選んだのかを須藤監督に尋ねてみた。「尾道では、ポスターを担いで商店街の端から端まで全部挨拶して回りました。全部貼っていったら、予定していた全国分のポスターを尾道で使い切ってしまって(笑)。尾道では草の根戦略を自分自身が実践しました。お金も別にないし、尾道から公開を始める監督なんてまずいない。じゃあ自分でやってみよう!人と人が繋がっていく光景は、撮影の現場で体験できていたし、今度は上映のタイミングでも人と人を繋げてみたいと思ったんです。ひたすら挨拶してポスターを貼る、チラシを配る、イベントで人を集めるを繰り返しました。トライ&エラーの繰りかえしでしたが、尾道ではかなりの動員を記録できました。京都ではドラマ版「ワンダーウォール」、『ワンダーウォール 劇場版』でのコネクションもあったので、ここでも人と人をうまく結びつけることに成功しました。今度は名古屋で、どんな展開を見せることができるのか?とても楽しみです」と、6月25日(土)から名古屋シネマテークでの公開に期待を寄せた。
◎Interview&Text/川本朗(リバブック)

◎『逆光』初日舞台挨拶
日時:6/25(土) 20:15〜の回上映終了後
会場:名古屋シネマテーク
ゲスト:須藤蓮(主演・監督)、渡辺あや(脚本)
◎関連イベント
監督・主演 須藤蓮×脚本 渡辺あや トークショー
「自主製作・配給・宣伝でめざしたもの、そして見えた世界」
日時:6/24(金) 18:00〜19:00
会場:TSUTAYA BOOKSTORE 則武新町
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渡辺あや 企画構成・岩崎太整 音楽プロデュース
「一日限りの昭和歌謡ショー in ぎふ柳ヶ瀬夏まつり」
日時:7/23(土) 15:00〜16:30
会場:岐阜・ロイヤル劇場(岐阜市日ノ出町1-20)
料金(税込):¥1,500(予定)
*ぎふ柳ヶ瀬夏まつりは7/23(土)・24(日)で開催
昭和シネマをテーマに様々なイベントを予定
映画『逆光』の上映会がメイン上映作品です
6/25 SATURDAY〜名古屋・シネマテーク ほかにて上映
映画『逆光』
(2021年製作/62分/日本)
監督:須藤蓮
出演:須藤蓮、中崎敏、富山えり子、木越明、SO-RI、三村和敬、河本清順、松寺千恵美、吉田寮有志
企画:渡辺あや、須藤蓮 脚本:渡辺あや 音楽:大友良英
プロデューサー:上野遼平 エグゼクティブプロデューサー:小川真司
制作・配給:FOL 制作協力:Ride Pictures 配給協力:ブリッジヘッド
公式サイト http:/gyakkofilm.com
2022年06月14日 <会見レポート!>松竹歌舞伎舞踊公演で3年ぶりの全国巡業。四日市は7/14(木)に開催!
6月30日から全国で24公演が行われる「松竹歌舞伎舞踊公演」の取材会が都内で開かれ、出演する中村芝翫を始め、中村橋之助(長男)、中村福之助(次男)、中村歌之助(三男)の親子4人が揃って登壇した。2019年8月、9月に行われた「松竹大歌舞伎」西コース以来、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため公演中止が相次ぎ、3年振りとなる今回の巡業公演では「松竹歌舞伎舞踊公演」と題し『操り三番叟』と『連獅子』の舞踊2題を上演する。

『操り三番叟』は、糸操りの人形が三番叟を踊るという趣向による作品で、嘉永6(1853)年2月の江戸河原崎座で初演。糸操りの人形が踊っているように見せるのが演じ手のしどころであり、人形を操る後見との息のあった振り事が大きな見どころとなっている。今回は中村橋之助と中村福之助によるダブルキャストで、7月14日の四日市市文化会館・公演では橋之助が「三番叟」を福之助が「後見」を演じる。『連獅子』は能の『石橋』をもとに、獅子が我が子を千尋(せんじん)の谷に落としてこの試練を乗り越えた子のみを育てるという伝説をふまえてつくられた人気舞踊。作者は河竹黙阿弥で、明治5(1872)年7月に東京村山座で初演されたもの。親子の獅子の試練と情愛を描いた前半の狂言師の踊り、それぞれの宗派の尊さを論じる間狂言の「宗論」、後半の勇壮な獅子の精の狂いと、見どころが多い作品となっている。今回は狂言師右近 後に親獅子の精 を中村芝翫、狂言師左近 後に仔獅子の精 を中村歌之助と親子で演じ、僧蓮念が中村橋之助と中村福之助によるダブルキャスト(四日市市文化会館・公演では福之助)で僧遍念を中村松江が務める。
――それぞれの意気込み
【中村芝翫】「3年振りの巡業。息子たちと舞台の上で一緒に過ごす時間もずっとなかったが、今回は襲名披露公演以来、親子4人揃っての共演となる。襲名当初4人で『連獅子』を演じた時、歌之助はまだ中学3年生で、お兄ちゃんたちについてくるのも手を振るのもやっとだった。自分自身この6年間、芝翫を襲名してどれほど成長したかはわからないが、息子の肉体的、精神的成長、また芸の上での成長を見て、振り返ってみたい。今回は松羽目物(まつばめもの)と呼ばれる舞踊公演で、今は昔に比べて若手の興行がなかなか思うようにできてないので、うちの子どもたちにとっては力を発揮できるよい機会になる。また『操り三番叟』は五穀豊穣を願う演目なので、今回は疫病退散ということで、これを皮切りにもっと巡業ができるようになればと思う。待ち望んでくださっている皆様に少しでも元気を与えて、熱い歌舞伎をご覧に入れたい」
――父親から見た子どもたちは?
【芝翫】「それぞれ性格が全く違う。橋之助は長男らしい兄弟のまとめ役で、福之助はムードメーカーみたいにみんなを和ませる存在、そして歌之助は兄たちの悪いところまでよく見ている。3人とも凄く仲が良く、芸の話ひとつでもみんなで一緒に考えられて、お互いにいろいろと指摘し合えるのがいい」
――ここを見て欲しい、というところ
【橋之助】「操り三番叟』は(いとこにあたる)勘九郎の兄が演じたものが大好きで、よくその真似をして覚えた。弟とダブルキャストだが、この1、2年で福之助もさまざまお役をやってきて成長してきている。今までは芸の上でのことも自分が言うばかりだったが、お互いに話し合う機会も増えてきた。今回もぶつかり合ったり助け合ったりしながら兄弟の絆を更に深めて行けたらと、楽しみにしている」
【福之助】「『操り三番叟』は小さい頃から何度も見てきた舞踊。昨年の御園座で『阿古屋』に出演した際に、「(岩永左衛門の)人形振りがなかなかうまくいかず、玉三郎のおじさまに、“あり得る動きをすると人形っぽく見えない。不自然な動きをするから人形に見える”というアドバイズをいただいたのが、『操り三番叟』にも応用できると思う。また「宗論」は猿之助のお兄さんとの『連獅子』でもやらせていただいたが、今回は自分なりに工夫してお客さんにも喜んで貰えるように頑張りたい」
【歌之助】「襲名で『連獅子』を披露した際は自分でもいっぱいいっぱいで、みんなに必死にしがみついていたが、今ではもう少し余裕をもって踊れるはず。前半では子どもらしい獅子の可愛らしさを見てもらい、後半は打って変わって荒々しくなる勇壮な獅子の姿を最後の「毛振り」で表現できれば。親子で観に来て頂き、歌舞伎を好きになるきっかけになれば嬉しい」
【中村橋之助】「久しぶりに家族揃って巡業ができて嬉しい。「WITHコロナの時代」の歌舞伎巡業の先陣を切るという責任を感じつつ一生懸命務めたい。父の戦力になるということが僕の一番の目標だった。こうして父が座頭の公演で、弟2人と兄弟でそうなれる第一歩の公演として心して勤めたい」
【中村福之助】「父や兄弟と一緒に舞台に立つことが少なかったのでとても楽しみ。4年前の襲名披露の巡業以来、猿之助のお兄さんだったり、玉三郎のおじさまだったり、沢山の先輩のところで様々なお役をさせていただいたので、どれだけ僕が成長しているのか、ぜひ期待して観に来ていただけたらと思う」
【中村歌之助】「今回が巡業初参加となる。2020年の3月に高校を卒業してやっと歌舞伎の世界に踏み出して行こうとした時にコロナ禍となり、楽しみにしていた公演が中止となっていろいろと悔しい思いがあったが、この2年間でできる限り学んできたことを、皆さまに今回お見せできればと思う」
◎TEXT/東端哲也
7/14THURSDAY 【チケット発売中】
松竹歌舞伎舞踊公演 四日市公演
■会場/四日市市文化会館 大ホール
■開演/14:00
■料金(税込)/全席指定 S¥7,700(高校生以下¥1,100)A¥6,600
■お問合せ/四日市市文化会館 TEL.059-354-4501
*未就学児入場不可
*その他の公演地情報< https://www.kabuki-bito.jp/theaters/jyungyou/play/747>
2022年05月10日 <インタビュー!>怒髪天・増子直純「ずっと聴き続けてくれる人の存在が、自信の裏付けになる」
2021年、北海道から上京して30年目を迎えた怒髪天が、”東京30年生イヤー“を記念して12月にアルバム3枚を同時リリースした。2004年にリリースされたミニアルバム「リズム&ビートニク」とコンピレーション企画盤やシングルでリリースされたもの、いまだ音源化されていない曲を再録音し、1枚のアルバムにまとめた「リズム&ビ-トニク'21 & ヤングデイズソング」、1995年にリリースされるも廃盤となったため再録した「痛快!ビッグハート維新'21」、そして2021年に唯一リリースした新曲でタイトルにもなっている、アーティストたちに楽曲提供をした中から選りすぐりの6曲をセルフカバーして収録した「ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!」だ。
2022年3月からは全国ツアー「古今東西、時をかける野郎ども」を開催。「タイムリープ'22 ~悩み無用~」と題した前半を経て、5月からは「痛快!ビッグハート維新'21 ~遅すぎたレコ発ツアー~」及び全国ツアー後半の「タイムリープ'22 ~あなたのド髪きっと生えてくる~」がスタートする。
1984年札幌で結成し、1991年に東京進出、メジャーデビュー。1996年から3年間の活動休止を経て、1999年に活動再開。2004年には再び、メジャーに移籍し…と紆余曲折あるも、それだけに人生と楽曲の豊かさを改めて感じ、怒髪天というバンドの幅の広さと奥深さと天井なしの可能性を思い知る。ツアー出発前に行った怒髪天・増子直純へのインタビューは、バンドに歴史ありとつくづく感じられるものとなった。
――1995年ごろの怒髪天は衣装も個性的で、楽曲の良さとのギャップもあって、ライブで観たらちょっとバグを起こしそうですね。
本当そう。全てがちぐはぐというか、何をどうしたらいいかわからない状況。まあ、本人たちもそこまでも考えてないっていう。やりたいことを好きにやってただけ。
――統一性を持たせていこうという話はなかったんですか?
活動再開してから、そんなめちゃくちゃな格好しなくてもいいんじゃないかと思って。シミ(清水泰次/ベース)がね、昔から言ってたんだ。普段着の方がいいんじゃないかって。俺に関しては、普段着の方がロックっぽい格好だったから、嫌だったんだけど、普段着に近い感じでいいんじゃないのって。
――「リズム&ビ-トニク」や「痛快!ビッグハート維新'95」を改めてレコーディングするにあたっては、どういうご苦労がありましたか?
まず、「星になったア・イ・ツ」の最後どうするかっていう問題があって。最後ちょっと、コントっていうか、しょうもないギャグみたいなのが入ってるから、そこを再現する?って話になって。それはやっぱり経験を生かして、「やらない方がいいんじゃないか」って。やってよかったことないからね。ライブでやるもんだから音源で残すものじゃない。あとは、当時の歌唱法というか、発声とかに近づけるのか、それとも自分が楽曲に対して正解を出すのかというとこは結構きつかったかな。
――歌い方も今と昔では全然違いますよね。
そうだね。ただ、あんまりそこから離れると楽曲の雰囲気変わっちゃうから。あと、キーの問題もあって。昔の歌はわりと張らないで歌ってるから。今、ちょうど気持ちよく歌えるところって高いとこにあるから、キーを変えたものに関してどうやって雰囲気が変わらないようにするかっていう問題もあって。
――技術的な問題がたくさんありますね。
あるんだよね。特に「ビッグハート」はすごい大変だったからね。アンサンブルが間違ってるっていうか、結局、詰め切れてなかった。今回ちゃんと友康(上原子友康/ギター)が楽譜に起こして。楽譜にすると目に見えるからシミも坂さん(坂詰克彦/ドラム)もアンサンブルの具合がわかりやすいっていうか。だから、全部1回、譜面を起こすことからのスタートで。
――1回ばらして。
そうそうそう、検証し直してみたいな。全体的にそうだったね。あとは、なるべくニュアンスを変えないで、そのまんまでやりたいなって思って。セルフカバーになると雰囲気が全然変わっちゃったりすることもあって、それはあんまり嬉しくないというか、聴く方としては。
だから、同じ鳴らすものにしても、そこに合わせるベースであったり、アンサンブルをちゃんと生かせるように考えて、ベースラインであったり、ドラムのフレーズだったりをもう1回、整理して当時の雰囲気を変えることなくブラッシュアップする。本当、新曲を作るのに近かった。あと、歌メロも全部“なり”で歌ってたから、正解を探さなきゃいけないっていうのがあって。
新曲を作るとさ、詞先も曲先もそうだけどさ、レコーディング前にまず友康に歌ってもらって、正しいメロディーを。そこに自分の歌をのっけて覚えてく。一応、お手本がちゃんとあるんだけど、今回は自分で1個ずつ検証して、合わせていかなきゃいけなかったから、レコーディングの歌はかなり時間がかったね。
――新曲作るより…。
難しかったね。変に原曲と離れちゃうのもよくないなと思って。本当に新譜1枚作るよりも大変だったけど、やってみてよかった。やっと曲が浮かばれたし、ライブでやってるのに音源が手に入らないっていう状況を打開出来るし。
――楽曲提供のセルフカバーもいいですね。
だいたい、自分が歌うのを想定しないで歌詞書いてるから、ある意味で好き放題に書いてるから、それが自分のところに返ってくるとはね(笑)。面白かったけどね。求められてる部分は男っぽさであったり、祭っぽさであるんだなって、改めて思ったね。
あとこれ、曲作って歌詞つけて渡すじゃない。アレンジはそちらでお願いしますっていうことでやってるから。それも今回、アレンジし直したから、自分たちで。バンドで演奏するんだったらっていうところから作り直さなきゃいけなかったから、なかなか大変だった。結局、セルフカバーにいたっては、バンドとしては関わってないから。
――もう新曲ですね。
そうなんだよ、だから大変だったと思うよ。見本というか原曲がありながらも、自分たちなりに演奏するっていうのはね、なかなか…。
――こういうことができるようになったというのも、タイミングですかね。
去年、コロナ禍でライブがどの程度できるのかはっきりしなかったけど、結局、新春ツアーと春のツアーの大阪が延期になっただけで、おかげさまでライブはやれて。ただ、一昨年の振替もあったからめちゃくちゃ忙しくなって、ライブの隙間でリハして録音してね(笑)
――そうなんですね。20代の頃とか、50代になってこんなに働くと思ってましたか。
思ってなかったね。こんなにバンドやってると思ってもなかったし。いくつになったらやめるとかも思ったこともないけど。ただ、なんとなくこんなにバンドやってるとは思わなかった。
――どう転がるかわからないですね。
わからないね。だいたい俺らの育った時代の感覚で50にもなってバンドやってるなんて、考えられなかったから。
――バンドを続けやすい社会になったんでしょうかね。
そうだね、やっぱりなってると思う。多少なりとも需要もあるし、ロックを聴く層が広がったというか。バンドも年を重ねるように、聴く側も年を重ねてるから。あと、やってみてわかったのは、その年にならないとできないことっていっぱいあって。若いっていうことだけが価値じゃないっていうか、正解ではないんだよっていう。それを証拠に、やっぱり若い頃に戻りたいかっつったら、別に戻りたくない。
――しんどいですよね。
しんどい。しんどい。なかなか大変だったからね。柔軟さがなかったよね。考え方一つとってもそうだし、正解はもうこれしかないって思い込み。違うんだよね。
――最近、ライブで怒髪天の曲に郷愁も感じるようになっているんですが、増子さんご自身はどうですか?
そうね~、25歳で東京に出てきてね、今はそれ以上に東京にいるじゃない。かと言って東京が俺の街だって言えるようになったかというと、それはやっぱりなくて。せいぜい荻窪ぐらい、「俺が住んでる街だよ」って言えるぐらいになったけど、かといって故郷、札幌であったりっていうのは、街並みもなにもかも変わって。昔はやっぱり俺の街だと思ってた。友達も街にいっぱいいたし、どこ歩いたって。だけど今はあの街で暮らす人達の街であって。だから俺の帰る場所はいったいどこなのかなって考えたときに、本当、2駅ぐらいね、杉並のさ、西荻、荻窪ぐらいが、俺の帰る場所っていうか、帰ってきたんだなって思う。ホームなんだなって。何て言うんだろうね、ホームって、そうやって自分が暮らして生活していく中で、自分で作っていくもんなんじゃないかって。しかも作ろうと思って作るんじゃなくて、年月とともにできてくものなのかなって。思い出とかは故郷にはいっぱいある。ただもう、それはただの思い出なんだよね。
――リアルタイムで更新されているわけではないんですね。
ないね。だから、当時、曲を録ったときは、故郷への想いみたいなものも、帰りたいって意識もなかった。でも、やっぱり心のどこかで影を落としてたというか、故郷を後にしてきたという、そういうものはやっぱりあったんだよな。そして今やもう帰りもしないようになったんだって思うけどね。それは悪い意味じゃなくて。やっぱり今、自分が暮らしている場所がホームなんだなって。
――なるほど…。ライブをされていて、増子さんの気持ちの開き具合は変わりましたか。
それはだいぶ変わったと思う。何ていうか、いろいろ受け入れられるというか、そういう部分は大きくなったかな。
――受け入れられないんだろうと思いながらやっていた時期もありましたか。
昔はね、「どうせわかんねえだろう」と思ってやっていた部分もあったと思う。自分の中で。意識的にも、無意識にも、両方あったと思う。そこは「受け入れてほしいな」とかじゃなくて、「あわよくば受け入れてもらえれば嬉しいな」っていう程度でいいんだろうなって。受け入れられるために何かを変えるっていうのはおかしな話だし。ただ、受け入れてくれる可能性はあるだろうなと思って、その可能性に賭けられるようにはなったかな。
きっと、経験なんだよね。ずっと聴き続けてくれてる人がいるっていうのが、自信の裏付けになる。全国に待ってくれてる人がいる。あの鹿児島の酔っ払いは元気かなとかさ、生存確認するためにも行かなきゃいけないからね。あいつら大丈夫かなって(笑)。
Interview&Text/K.Iwamoto
『古今東西、時をかける野郎ども』
2022年5月14日(土)大阪umeda TRAD
"痛快!ビッグハート維新'21 ~遅すぎたレコ発ツアー~"
開場17:30 / 開演18:00 / 終演予定20:00
前売 スタンディング ¥6,900(整理番号有/税込/Drink別)
※未就学児童入場不可(小学生以上のご入場される方全てにチケット必要)
2022年5月15日(日)大阪umeda TRAD
"タイムリープ'22 ~あなたのド髪きっと生えてくる~"
開場16:30 / 開演17:00 / 終演予定19:00
前売 スタンディング ¥6,900(整理番号有/税込/Drink別)
※未就学児童入場不可(小学生以上のご入場される方全てにチケット必要)
info. 夢番地大阪 06-6341-3525 (平日12:00~18:00)
「リズム&ビ-トニク'21 & ヤングデイズソング」
ALBUM ¥3,300(税込) TECI-1752
01. 俺様バカ一代・改(2021 Mix)
02. オオカミに捧ぐ
03. 夕焼け町3丁目
04. 明日への扉(問答無用セレクション"金賞"より)
05. また来いよ
06. 青嵐 -アオアラシ-
07. ショートホープ(短かった希望)
08. 世間知らずにささやかな拍手を
09. 溜息も白くなる季節に…
10. あかね色のトランク
11. COME BACK HOME
「痛快!ビッグハート維新'21」
ALBUM ¥3,300(税込) TECI-1753
01. 江戸をKILL II(問答無用セレクション"金賞"より)
02. マテリアのリズム
03. ソウル東京
04. 左の人
05. お前を抱きしめたら
06. うたごえはいまも…
07. 風の中のメモリー
08. 夕立ちと二人
09. 救いの丘
10. 新宿公園から宇宙
11. 星になったア・イ・ツ
12. 明日の唄(歌乃誉"白"より)

ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!
ALBUM ¥3,300(税込)TECI-1754
01. ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!
02. あおっぱな(関ジャニ∞提供曲)
03. ももいろ太鼓どどんが節(ももいろクローバーZ提供曲)
04. 夏番長(TUBE提供曲)
05. はやぶさロッキンGOGO!(はやぶさ提供曲)
06. 魁!祭OTOKO(祭nine.提供曲)
07. 夏'n ON-DO(寺嶋由芙提供曲)
怒髪天公式サイトhttp://dohatsuten.jp/
2022年03月31日 <インタビュー!>中川龍太郎監督『やがて海へと届く』インタビュー

岸井ゆきのと、浜辺美波というちょっと意外な組み合わせで、行方不明になった親友との記憶を辿りながら「死生観」を問う繊細な映画『やがて海へと届く』が、間もなく公開する。メガホンをとった中川龍太郎監督にお話を伺った。
ーーー監督は、ご自身の経験を反映して「喪失」や「再生」というテーマをよく描かれます。今作は原作ものでありながら、それらの作品群との繋がりを深く感じました。
僕はいわゆる「職業監督」ではないので、自分事として描けるもの、自分の中に繋がるものでないと作ることができないと感じています。原作を読んで最初に感じたのは、真奈とすみれの関係が、すごく詩的だということ。お互いの欠けている部分を埋め合わせ、補い合える関係。直接的には、僕自身が経験した「友人の死」も思い起こしましたが、何より「青春」という時間の描き方に共感したんだと思います。昨日、寝る前に急に思いついて、忘れそうだから慌ててメモしたことがあるんですけど、青春って多分「他人が他人として感じられた」時代のことだと思います。
ーーー他人ですか。実は私、彼女たちの関係に「親友」でありながら、すごい「緊張感」を感じたんです。対人関係が苦手な真奈だけでなく、器用に立ち回っているよう見えるすみれこそ、どこかぎこちない気がして。その馴染み切れていないふたりを「他人が他人であった年代」と説明されると、すごく腑に落ちます!…って、合ってますかね?
初めてこの話をしたのに、そんなに意図を汲んでくださり、ありがとうございます!大人になってくると、自分と他人の境界がハッキリしてくるからか、他人に対する「怖さ」って減ってくるじゃないですか。そういう「自分と他人の境界線が曖昧」である怖さが生々しかった時期に出会ったから、ああいう友情が成立したんだと思うんです。それは僕と亡くなった友人にも共通します。
ーーーだから、岸井ゆきのさん、浜辺美波さんという意外なタッグなんですね。正直、観る前は、2人をどう馴染ませるのか、想像できなかったんです。
いわゆるステレオタイプの「トイレに行くのも一緒」みたいな女の子たちにはしたくなくて、例えば、浜辺さん演じる「すみれ」は、遠くに落ちているポーチを見つけることができるけど、足元にあるものには気づけない人。「真奈」はその逆です。そういう、違う視点を持っている2人を描きたかった。お互いが自立していて、その上で相手を憧れの眼差しで見ている関係です。
その中で、岸井さんの真奈というイメージがまず先に浮かびました。彼女には以前から「生命力」を感じていて、この物語は死に飲み込まれてしまう人では成り立たないのでピッタリだと。次に、真奈とは違う世界にいそうで、透明感があるけど、何を考えているかわかりづらそうな人…と考えたら、浜辺さんでした。本当に出てもらえるとは思ってなかったんですけど(笑)
ーーー浜辺さんにとっては、これまで経験したことのないタイプの作品だったかと思います。どんな手順で作っていきましたか?
浜辺さんはおそらく、一般的な、僕たちのような「学生時代」は経験されてないだろうなと思ったんですよね。だから、撮影の前に、実際の学生と話す機会を設けたり、すみれの出身校という設定になっている高校で、先生と話したり、授業や校舎の雰囲気を見て貰ったりしました。あと、ビデオカメラを「好きに撮って」と預けたりもしました。すみれの人生を、彼女自身の中に取り込んで、立体的にしていってもらう準備期間です。
ーーー岸井さんは?
岸井さんも初めてご一緒したんですけど、俳優としてのキャリアも充分にあるし、僕の方からそういったアプローチはしませんでした。ただ、真奈の「部屋」については、結構ディスカッションしましたね。大学生が住むには広すぎる部屋だけど、お金持ちの子ではないので、「その辺りはどう考えればいいですか?」と聞かれました。僕は「ある種のファンタジーなんだと思います」と答えました。あの部屋は真奈にとっての「お城」で、学生時代に傷ついた彼女を守ってくれるシェルターみたいな空間。だから、リアルな世界じゃなくていいと感じました。
ーーーなるほど。ファンタジーといえば、冒頭から、水彩画のようなアニメーションシーンが印象的でした。なぜその手法を選んだのか、製作過程も併せて聞かせてください。
「すみれがどう旅立ったか」という部分はどうしても避けて通れないと思っていたので、リアリティのある表現にしたかった。でも、同時に、実写でやると「痛み」ではなくて「暴力」を描くことにもなってしまうので、そこを抽象化しながら描けるのは、ああいう水彩タッチのアニメーションがいいなと思って、オファーさせていただきました。
ちなみに、アニメーション部分は、まず僕が詩を書きました(編集注:監督は映画監督である前に詩人である)。大した詩じゃないんですけど「老婆の体から菊の花が生えてきて、ばね仕掛けの人形が弾け飛ぶ」とか、「走るに従って年齢が遡っていく」みたいな感じだったかな。原作は「こう感じた」みたいな一人称で描かれているんですが、「苦しい」というのは何色なのかとか考えると、人それぞれでイメージは違うじゃないですか。だから、実際に起きたことを拾っていかないと、意思の統一が図れないと思ったので。その詩を元に、イメージボードを7枚ぐらい描いてもらって「もっと水平線の向こうに木が生えているイメージなんです」とか、撮影の1年ほど前からやり取りして、結局丸1年掛かりましたね。
ーーー私、冒頭シーンは、東日本大震災の話になっていくとは思わずに見ていたので、「電車は来ない」という無念さや痛みが具体的にどこに通じていくのかわからなかったんですが、途中で「あ、電車=津波の比喩表現なのか!」と思ったんです。監督にそういう意図があったかはわかりませんが「待ち望んだ電車は、津波となってやって来て、津波という電車に連れ去られてしまったんだ!」と想像したら、すごく恐ろしくなりました。
え~っ。それはすばらしい感受性だなあ。そんな風に見ていただいた方がいるなんて、嬉しいです。「世界の片面しか見えていない」というセリフもあるように、自分が体験したこと以外の世界を知るには、まず想像力が必要なんですよね。これ、たぶんすごく大事な話だと思うのですが、何と伝えればいいのかな…。ええと、僕は震災の当時は大学生だったんです。その時は、震災を「自分事」として捉えることはあまりできなかった。だけど、その後友人を亡くして、誰かが死ぬということの痛みを、実感をもって理解しました。その経験を経て初めて、あの震災は「2万人という数字が死んだ」んじゃなくて、「一人づつの喪失が2万個あったんだ」と、ようやく気付けた流れがあったんです。だから、この作品では「震災」ではなく「特定の個人」の痛みを、追体験して欲しいと思っていました。

ーーー津波でご家族を亡くされた方のインタビューを、ビデオで撮影する集会のシーンも、まさに追体験でしたね。あのシーンの生々しさは、作品のトーンを覆す異質なシーンでもありました。監督の意図と、どうやって撮影されたのかを知りたいです。
まず、東北を舞台にするなら「景色を借りるだけ」というのはやりたくないと生理的に感じました。そこで生活されて被害に遭った方々が居るという現実がある以上、その「人」を描かないのは違和感があったんです。それから、取材を重ねていく中で、みんなの傷は「震災」という枠では括れない個々の痛みだとも感じました。だとしたら、僕自身も友人を失った痛みを多少なりとも持っているわけですし、その本質は変わらないのではないか?グラデーションはあるにせよ一緒に並べてみて、生のまま提示したい思ったんです。なので、新谷ゆづみさんが演じる高校生と、カメラマン役の中島知子さん以外は実際の被災者の方で、僕がインタビューしながら撮って、そのまま使わせてもらいました。
ーーーその本物だらけの中での、新谷さんの芝居、佇まいが、めちゃくちゃ良かったです。流れを切らずに、役者役者せずに「そこに生きている」感じがしました。
あれ、役者としては、超怖いシーンですよね!実際に被災している人と並んで喋るなんて。彼女は、これの前に撮ったHuluのドラマ『息をひそめて』で、オーディションに来てくれたんだけど、素晴らしかったんです。観察眼、洞察力、感受性がすごい。僕は、作文を書いていただき、その場でその話をしていただくという課題をよく出すんですが、その場で彼女が泣き出してしまって。後から聞いたら「緊張で」とおっしゃっていたけど、その言葉を詰まらせている姿がすごく印象的でした。その時は役のイメージとは違ったのでご一緒できなかったけれど、ずっと記憶の中に彼女の存在がありました。それで、今回はこちらから声をかけて、数名でのオーディションを経て、結果的に彼女にお願いしました。
ーーー正直、あのシーンは彼女が主役でした。
本当に!
これから売れていきそうだから、今のうちに、もうちょっと撮らせてもらったほうがいいかな(笑)
ーーー是非そうしましょう!!もう一つだけ、聞かせてください。5年を経て、まだ身動きが取れずにいるヒロインなわけですが、原作では3年後の設定で、実際には震災から11年経っています。なぜ5年としたのか理由はありますか?
おおー。この質問は、今まで随分と取材を受けてきた中で、初めて聞かれました。ありがとうございます。
実は、そこが一番苦労したんですよ。どういうことかと言うと、震災の跡って目に見える形ではほぼ「残ってない」んですよね。なので現在進行形にはできない。いや、本来この映画は2年前の8月に撮る予定だったので、その時には、震災で壊れてそのままになっていた駅がひとつだけあったんですが。コロナの影響で撮影が昨年の4月に延びてしまったら、その間に、唯一の「爪痕」が整地されて無くなっていました。これでは5年後という設定すら難しい…と悩んでいる時に、この震災の恐ろしさというか、激しさを物語るのは「壁だ」と思ったんです。防潮堤ですね。十何メートルもある壁が何キロも続いている異様な光景。海を見て暮らしてきた人たちの生活を一変させた壁に、僕は極めて違和感と気味悪さを感じました。だから、それを震災の象徴として描けば、破壊を見せなくても、ギリギリできると思ったんです。それで、急きょ脚本を書き換えて…。
ーーーうわぁ、大変でしたね!!
そこは本当に苦労したので、気づいていただけて嬉しかったです…初めて聞いていただいて、ありがとうございます(笑)
でも、この壁も5年ていうのがギリギリで、それよりさかのぼると、まだ建設が始まっていないんですよね。だから、真奈の心情的な部分がなんとか保てて、壁も…というせめぎ合いで5年。いや、物理的な理由だけじゃないですよ、もちろん!
ーーーええ(笑)。津波って、どこかで生きてるかもしれない…みたいな希望を抱ける余白があるのが逆にツラいですよね。目の前に遺体があれば現実として受け止められるものも、目の前にないと実感できない。だから5年掛かっても消化できない。
そう。すごく残酷であり、美しさでもあると思うんですけど、最終的に人間は「記憶」になる、と僕は思っています。レーニンのように凍らせたり、エジプトのミイラみたいに、物理的な「肉体」っていうのは、まぁ死んでも残せるかもしれないけど、それは「生きてる」とは言わない。人間は皆、最終的には「記憶」という存在になる。記憶は「ゴースト」と言い換えてもいいけど、我々は、ゴーストとともに生きている。その姿を描きたかったんです。
ーーーそういえば、母親や彼氏は比較的早く区切りを付けていて、すみれが近くに居た時より、むしろ失ってからの方が、彼女を手に入れた安堵を感じてるように見えました。真奈と違って記憶にしたんですね。そして、すみれが残したビデオカメラからは、逆説的にすみれの居所のなさや寂しさが漏れ出てるのも皮肉だなと。
ビデオは「情報」なんですよね。生きている間に写真をたくさん撮っておけばいいのかっていうとそれは違う。人間は「記憶」になる事はあっても「情報」にはならないですから。でも、現代社会では、あらゆることがデジタルに変換されて行ってて、人間もただの「情報」になってしまっているのでは?と思うことはあります。だから、他者の痛みへの想像力がなくなっていってるんじゃないか、とか…。
あ、そうか!僕、そういう問いかけを、一番深いテーマとして描きたかったんですね。自分でも気づいてなかったことに、いまこの会話で気づきました。最後のが一番言いたかったことです。これって説明がすごく難しいけど、辿り着けた気がします。ありがとうございます。メモっとこう。
ーーーわ、光栄です。今日は本当にありがとうございました!とっても楽しかったです!
◎Interview&Text/シネマコンシェルジュ・hime
4/1 FRIDAY~
[大阪・TOHOシネマズ梅田、名古屋・伏見ミリオン座他 全国ロードショー]
映画『やがて海へと届く』
■原作/彩瀬まる『やがて海へと届く』
■監督・脚本/中川龍太郎
■脚本/梅原英司
■出演/岸井ゆきの 浜辺美波 杉野遥亮 中崎敏 鶴田真由 中嶋朋子 新谷ゆづみ 光石研
PG-12指定作品
『やがて海へと届く』公式サイト
