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2020年07月22日 〈観劇レポート!〉 勅使川原三郎 芸術監督就任記念シリーズ「白痴」
世界的アーティスト、勅使川原三郎の芸術監督就任記念シリーズが愛知県芸術劇場でついに開幕!
勅使川原三郎が愛知県芸術劇場初の芸術監督に就任。その発表以来初めて同劇場のステージに登場した。就任記念事業シリーズの第1弾はドストエフスキーの小説を原作とするデュオ・ダンス「白痴」。2016年に東京で初演以降、フランスやイギリス、イタリア、さらにドストエフスキーの母国ロシアでも絶賛されてきた近年の代表作だ。勅使川原は絶大な信頼を寄せるダンサー・佐東利穂子をパートナーに、主人公のムイシュキン公爵と彼が恋する美女ナスターシャの姿を浮かび上がらせる。それは同時に、人類普遍の営みにも見えてきて……。今回はそんな「白痴」の公演レポートをお届けする。それは東海地方の舞台芸術がコロナ禍と向き合い、再び歩み始めたことを象徴する大きな一歩ともなった。
まず序盤、今まで観てきた、あるいはイメージとして持っていた勅使川原作品と異なる印象に驚かされる。そこにはシャープ、スタイリッシュ、無機質といった感触はなく、ムイシュキン役に当たる勅使川原は、激しく踊るより繊細なマイムで目を引く。音楽はクラシカルで、優雅だったり劇的だったり。徐々に展開されるステップや手の動きも、どこか古典的に映る。決して原作の筋をなぞっているわけではないのに、物語性やドラマ性が強くうかがわれ、勅使川原作品で感じたことのない生々しい人間臭さが新鮮だった。
そこに高揚感たっぷりのワルツ=円舞曲が流れると、付かず離れずのムイシュキンとナスターシャの愛の葛藤も高まりを見せるが、複数の音楽が重なったり、人間の笑い声やセリフがかぶさっていくにつれ、動きも変化。やがて現代的なビートや旋律、ノイジーな音があふれるに至って、キレキレの振付が飛び出し、観客を圧倒する。しかし、それも束の間。音楽は再び古典的な調子に戻っていく。そこで、この作品はムイシュキンとナスターシャの愛の顛末を体現しながら、私たち人類が何度も何度も繰り返してきた営み、人間の〈生〉の哀しみを表しているのではないかと思い知らされる。
音楽の趣向が冴える一方、照明が示唆することも様々に考えさせられた。ムイシュキンは冒頭、暗闇の中に浮かび上がる狭い光の世界に現れ、悶絶していた。原作の彼は精神療養所にいた人物だが、ナスターシャは誰よりも早く彼の純粋さに気づく。では、ムイシュキンの精神の病みとは何なのだろう。そう考えていくと、彼が身に着けていたジャケットを脱ぐシーン、そのジャケットを踏みつけるシーンが意味深長だ。ジャケットは社会性の象徴で、そこに人間性というものもあるとして、それに囚われないムイシュキンの純粋性は、この世界では病と判断されるのかもしれない。ナスターシャを追いかけようとしても、照明の外の暗闇に踏み出せないムイシュキン。無垢で真っ白ゆえの苦悩が切ない。
終幕間近、ムイシュキンがもう一度ジャケットを着てみようとすると、ネズミがそれを奪い、走り去る。ネズミは、何か悪いものを運んでくる存在か? コロナ禍に見るといっそう不気味に感じてしまうが、それほどに勅使川原の「白痴」は時代時代で観客の心を揺さぶる作品として上演が繰り返されていくに違いない。なお、勅使川原が3月から5月までに描いた貴重なドローイングの展示も同時開催。東海地方の舞台芸術が息を吹き返しつつあるおり、全国トップクラスの文化施設である愛知県芸術劇場から真に国際水準の作品を発信できたことで、当地の活動に弾みがつくことを祈りたい。
◎Text/小島祐未子 ◎Photo/羽鳥直志
<公演情報>
7/17 FRIDAY~7/19 SUNDAY
勅使川原三郎芸術監督就任記念事業シリーズ「白痴」
構成・照明・衣装・選曲:勅使川原三郎
出演:勅使川原三郎、佐東利穂子
■会場/愛知県芸術劇場小ホール