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2019年09月08日 <観劇レポート!>栗山民也演出・永作博美主演舞台「人形の家 Part2」
アメリカ人劇作家ルーカス・ナスの手による『人形の家 Part2』は、世界演劇史上に輝くイプセンの『人形の家』の、あっと驚く“後日談”。『人形の家』のラストで夫や子供たちと暮らす家を独り出て行くヒロイン・ノラの姿は、1879年の初演当時より、演劇界を越えて広く社会的論争を巻き起こしてきた。そのノラが出奔から15年ぶりに家に帰ってくるところから、『人形の家 Part2』は始まる。栗山民也演出による日本初演の舞台を観た(8月20日19時、東京・紀伊國屋サザンシアター)。
帰ってきたノラ(永作博美)をまず迎えるのは、乳母のアンネ・マリー(梅沢昌代)。アンネ・マリーはノラが出て行った後も家に残り、ノラの夫トルヴァル(山崎一)やエミー(那須凜)ら子供たちの世話をしてきた。ノラがアンネ・マリーに投げかける「あなた、私が何をしてたか知りたいんでしょう?」はそのまま、『人形の家』後のノラの人生をどのように想像しましたか? という、劇作家から観客への問いかけでもある。そして、ここでナスが提示するノラの“その後”は痛快さに満ち満ちている。ノラが選んだ生き方が、イプセンが『人形の家』を執筆する際にモデルとした女性の職業とも重なることを鑑みるに、今作が優れた『人形の家』論たり得ていることにも感服する。
さて、15年間、家族とまったく関わりなく生きてきたノラだが、困った事態――これも、『人形の家』での“困った事態”のリフレインである――が発生し、手助けを求めて帰ってきたのだった。アンネ・マリー、トルヴァル、そして、娘のエミーと、ノラは次々と対峙してゆく――言葉をもって。出て行った者。残された者。ぶつかり合う言葉から、それぞれの15年、それぞれの心情が描き出されていく。二人芝居が五場続くという今作の趣向が、優れた役者の演技を得て、一層のひりひりとしたスリリングさをもって客席に迫る。舞台装置もト書き上シンプルで、作中、大きな出来事が起きるわけでもなければ、物語上、何か仕掛けがあるわけでもない。ただただ、人間が人間と向き合い、己の存在を賭けて互いにぶつかり合うこと、その真理を尊び、休憩なし105分、一瞬たりとも見逃したくないと思うほどの濃密で緊迫感ある時間――それでいて、笑いの要素もきちんとあるところが、これまた人生を映し出している――を展開した、栗山民也の演出に敬意を表したい。今年上演された作品の中で三本の指に入る好舞台である。
永作博美のノラは実にチャーミング。このノラならば、絶望と孤独の果て、“転生”を経て、今あるような姿で凛々しく生きていることが非常に腑に落ちる造形である。一度舞台に出たらラストまで引っ込めないという過酷な役どころだが、役柄上要求される緊張感を途切れさせることのない力演を見せた。トルヴァルにも恋のお相手がいた――と知り、何とか笑いをこらえようとしながらもやはり笑わずにはいられない際の、ソファの上で転げまわる姿のかわいらしいこと。そのキュートさが、一人の人間として、自分の心のままに素直に生きようとするヒロイン・ノラの魅力を引き立てている。であるからこそ、終幕、ノラがまたしても固める覚悟、その壮絶さが、観る者の心にひときわ痛烈に突き刺さる。
夫トルヴァルを演じる山崎一は、『人形の家』でのノラの劇的な出奔に対して脚光の当たることのない“出て行かれた者”の心情を、圧倒的な説得力をもって描き出す。彼が、「人といること」について「そんなに難しくなくちゃいけないのかな?」と途方に暮れたように吐露するセリフは、この社会にあって、他者と共に暮らして行かざるを得ない人間存在の根源に突きつけられた言葉でもある。こまつ座『父と暮せば』(2018)、『ハムレット』(2019、ポローニアス役)と素晴らしい舞台が続く山崎の名優ぶりが、本作でも堪能できる。
ノラの母親的存在ともいえる乳母アンネ・マリー役の梅沢昌代も、生きていくことへのある種の老獪さをにじませつつ、年齢的にも世代的にも、ノラの生き方、考え方と相容れないものをもって生きる同性として、ノラと激しく相対する。娘エミー役の那須凜は、さばさばとした現代っ子ぽさが、ノラの次の世代の生き方、考え方を象徴し、示唆に富む。ノラとエミーの考え方の違いは、ミュージカル『マンマ・ミーア!』のドナとソフィ親子をも思わせるところがあり、実に興味深い。
自分の心に嘘をつかず、あくまで正直に生きようとすること。そのためには、ときに世間と相容れなかったとしてもやむを得ない…との覚悟を決めて、己の闘いを、その生の限り続けていかなくてはならないこと。その美しさ。140年後のノラもまた、大いに物議を醸すシンボリックな存在である。
文=藤本真由(舞台評論家)
9/23 MONDAY・HOLIDAY 【チケット発売中】
舞台「人形の家 Part2」
◎作:ルーカス・ナス◎演出:栗山民也◎翻訳:常田景子
◎出演:永作博美、山崎一、那須凜、梅沢昌代
◼️会場/穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
◼️開演/13:00
◼️料金(税込)/全席指定 S¥6,500 A¥5,000 B¥3,000 ほか
◼️お問合せ/プラットチケットセンターTEL.0532-39-3090(休館日を除く10:00〜19:00)